フォーク編<415>永井龍雲(18)

西日本新聞

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龍雲が楽曲を提供した氷川きよし

 演歌歌手、坂本冬美の歌に「うりずんの頃」がある。

 〈恋破れ 夢破れ 今宵(こよい)もまた涙 目を閉じて思い出す 赤花 青い空…帰りたい 故郷(ふるさと)は今 うりずんの頃…〉

 坂本は父の死や体調不調などもあり、2002年に芸能活動を休止した。

 約1年後に活動を再開する。復帰計画の中で、坂本のディレクターから龍雲に楽曲の依頼があった。

 「沖縄テイストの歌を書いてほしい」

 龍雲は、故郷を離れて暮らす女性をイメージして、主人公を沖縄の女性に決めた。

 表現者にとって一つの言葉から触発され、生み出される作品は少なくない。龍雲は沖縄に移住して、いくつか沖縄の言葉を覚えた。その一つが「うりずん」だ。語源は「潤い初め」といわれ、春分が終わり、梅雨に入る前の季節のことである。

 「言葉のきれいな響きと、沖縄の初夏をイメージさせるこの言葉が気に入っていました」

 龍雲は移住後、4回目のうりずんを過ごし、沖縄の歳時記が身についたころの作品だ。「うりずんの頃」は龍雲のアルバム「沖縄物語」にも収録されている。

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 龍雲がほかの歌い手に提供した楽曲は演歌系も多い。一つには五木ひろしに提供した「暖簾(のれん)」(1989年)のヒットした流れが背景にある。

 「確かに演歌系の方からの依頼が多いと思いますが、自分の歌を歌ってくれるのが誰であってもうれしく思っています」

 依頼されて作詞、作曲するときも特に演歌だからといって、意識することはない。歌作りの本質を次のように語る。

 「昭和生まれの自分の中にはいろんなジャンルの音楽を享受する感性がある。その中から自然と湧き出るものを歌にしてきました」

 「うりずんの頃」のほかにも沖縄をモチーフした提供曲はある。

 〈名護の港から 舟を漕(こ)ぎ出せば 海はどこまでも 枇杷(びわ)いろ夕陽…〉

 三沢あけみの「海人(うみんちゅ)恋唄」。作詞は喜多條忠。一昨年には氷川きよしの「美(ちゅ)ら旅」を作詞、作曲している。

 〈…疲れた体を癒(いや)すため さ迷(まよ)う心を叱るため 優しい人に会いに来ました 文庫本だけ入れて はるばると…〉

 タイトルに「海人」「美ら旅」を取り込んでいることからでもわかるように、南国の地は龍雲にとって必要不可欠な創作の源泉になっている。

 (田代俊一郎)

=2019/03/25付 西日本新聞夕刊=