俳人、松尾芭蕉が奥州に向けて江戸を旅立ったのは、元禄2(1689)年3月27日…

西日本新聞

 俳人、松尾芭蕉が奥州に向けて江戸を旅立ったのは、元禄2(1689)年3月27日。ちょうど330年前のことだ

▼旅の日々をつづった紀行文「奥の細道」は〈月日は百代の過客にして行きかふ年も又(また)旅人なり〉の有名な序文で始まる。月日は永遠の旅人であり、来ては過ぎゆく年もまた旅人である-。過ぎ去った年月は二度と戻らないという芭蕉の無常観の表れか

▼序文の最後に〈草の戸も住替(すみかわ)る代(よ)ぞ雛(ひな)の家〉と詠んだ。旅立ちに際して家を人に譲ったが、新しく住む人はひな人形を飾ったりするのだろう。住み慣れた草庵(そうあん)も変わってしまうのだなあ、という感慨が胸をよぎったのであろう

▼4月20日、白河の関にたどり着いた芭蕉は「心許(こころもと)なき日かず重(かさな)るまゝに(ずっと不安な気持ちだったが)」ようやく旅を続ける決心が定まった、と記した。白河は今の福島県白河市。「みちのくの玄関口」と呼ばれる

▼芭蕉はそのまま北上したが、東の海側に向かえば、福島原発事故で被災した沿岸地域である。今も多くの人が住み慣れた家に戻れず、心許なき日々を重ねながら、雛を飾る人もいない故郷を思っていよう。難を逃れてたどり着いた場所で、そこから新しい旅を始める決心をした人もいるだろう

▼あの日から8度目の春。過ぎ去った月日は戻らず、被災地の再建は進まない。しかし、故郷への帰還を望む人々がいつまでも旅人のままであってはならない。

=2019/03/27付 西日本新聞朝刊=

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