刑務所で見た涙…冤罪を確信 松橋事件、弁護団を率いた弁護士の30年

西日本新聞

 判決の後、熊本城で花見をした。松橋事件の弁護団を率いてきた斉藤誠弁護士=東京都=は、仲間とくみ交わす酒に苦労が溶けるのを感じ、安堵(あんど)と喜びを味わった。事件に出合ってから再審無罪まで約30年。「大きな肩の荷が下りた」

 正直、当初は「無罪だけど、無実かどうかは分からなかった」。否認事件の被告人は、警察や検察、時には家族からも信じてもらえず疑心暗鬼になり、弁護人への言い分が二転三転することも少なくない。潔白を確信したのは、宮田浩喜さんの涙。1996年、岡山刑務所で面会した際、宮田さんが犯人視していた人物の自殺を伝えると、驚いてぼうぜんとする頬に涙が伝った。胸に迫るものがあった。

 40年に及ぶ弁護士生活の大半に、松橋事件があった。当初は手弁当。集まった十数人の弁護士をまとめ上げ、科学的・客観的な無罪の証拠を追求した。中だるみした時期もあった。その分、2016年に熊本地裁から届いた「再審を開始する」の文字を見た喜びは一生忘れない。

 「弁護士である前に一市民でありたい」。同じ弁護士だった父と、違う畑を志した。元軍人で東大卒。そのエリートぶりには、尊敬しつつも距離を感じた。自らの子育てをきっかけに東京都品川区の保育支援に携わったことも、「市民の側」「小さな声」に寄り添うことを意識させた。こうした歩みが宮田さんの訴えに耳を傾けさせたのだと思う。

 無罪判決で、ライフワークにも区切り。桜の下で仲間の顔を見回した。「みんな老けたなあ」

=2019/03/29付 西日本新聞朝刊=

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