福岡の同級生漫才コンビが解散 「友情の切磋琢磨」に期待

西日本新聞 木村 貴之

 吉本興業のお笑い芸人を養成する「吉本総合芸能学院」(通称・NSC)の福岡校。今春卒業して新人芸人になった1期生28人のうち、個人的に「今後」が気になる芸人がいる。「同級生漫才コンビ」として入学した田島優弘(ゆうせい)(22)と西村公志(22)。2人がNSC入りを決めたきっかけは「西日本新聞」という。NSC福岡の昨春開校と1期生募集を伝えた私の記事だった。その縁で卒業した2人を取材すると―。

 ともに福岡県久留米市出身。出会いは中学時代にさかのぼる。1年生のときから放課後を一緒に過ごし、ふざけ合って遊ぶうち、周りから「まるで漫才コンビ」と言われるように。これに2人は発奮した。「爆弾魔と警察官のやり取り」など、中学生にしてはシュールなネタの漫才をいくつか創作。周りに披露して笑いを取ると「不思議な気分」(田島)に。役割分担は田島がネタ作りとツッコミ、西村はボケ役。田島は左、西村は右という立ち位置まで決めていた。「この頃かな。芸人の夢が芽生えたのは」と田島は振り返る。

 卒業後は別々の高校に通い、それから田島は大学に進学、西村は就職。中学時に比べると顔を合わせる機会は激減したが、会えば時間を忘れて夢を語り合った。立ち位置も同じ、田島が左、西村は右。「車に田島を乗せて走ったらすごい違和感。あれ、妙に染み着いてたよね」。西村も振り返り、苦笑いする。

 そしてニュースが舞い込んだ。記事に触れた田島は「大事な話がある」と西村を久留米市内のラーメン店に呼び出し「一緒にやろう」。当時、田島は退路を断って芸人を目指そうと大学を既に中退。西村はレンタカー会社で働いていた。「俺でいいんか?」。西村は戸惑ったが、田島の迫力に押され「分かった。やろう」。芸人への転身を決心する。2人はすすっていた豚骨ラーメンを見つめ、その場で漫才コンビ「ぽんこつラーメン」を結成した。

 「中学時代、僕が一時不登校になった際、自然体で迎えてくれたのが西村。相方は彼以外にいなかった」。田島は今あらためて強調する。

 昨春、2人は晴れてNSC生に。週末は授業、平日はアルバイトに追われる一方、コンビ活動の時間も確保。田島宅に西村が泊まり込んでネタ合わせする日々も続いた。レパートリーは約50本。ファンの反応が即座に分かるライブ実習もこなし、2人は順調に成長する。しかし2月、コンビは突然解散した。

 理由は、卒業後の活動拠点を巡る意見の対立だった。多くの同期とともに地元で経験を積むことを望む西村に対し、田島はすぐに上京しようと訴えた。話し合いは平行線。関係がぎくしゃくしてネタ合わせも難しくなり、解散を決めた。西村は福岡市出身の1期生、下田恭平(22)と新コンビ「カリブの芸術」を結成。田島はピン芸人の道を選んだ。

 3月下旬、賞レース方式であった卒業ライブ。田島は携帯電話で役所に素朴な疑問を次々に投げ掛ける漫談、西村は下田と借金取り立てを題材にしたコント。ともに優勝の「首席」は逃したが、約400人を前に堂々と舞台を披露した。新コンビの西村はツッコミ役で、立ち位置は左。田島の右側に相方はいない。それでも舞台袖から互いのパフォーマンスを見守った2人。「良い刺激になった。相方からライバルへ。友情は今後も変わらないけど」(西村)。舞台裏の彼らは、ツッコミでもボケでもなく、一人一人が人生というドラマの主人公。激動の芸人人生の第一歩を踏み出した瞬間だった。

 お笑い芸人は吉本興業だけでも全国に約6千人。売れっ子になるのはほんの一握りでも、彼らは笑いを探究し、その先の夢を目指す。そんな厳しい世界に飛び込んだ若者たちと取材で出会い、ドラマに触れたのも一つの縁だが、次は一市民として向き合う番。できるのは、面白ければ腹を抱えて笑うこと。友情の切磋琢磨(せっさたくま)を見守ろう。(敬称略)


=2019/03/31 西日本新聞=

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