【「令和」の課題】 姜 尚中さん

西日本新聞

姜尚中(カン・サンジュン)さん=熊本県立劇場館長 拡大

姜尚中(カン・サンジュン)さん=熊本県立劇場館長

◆多様性、寛容さで実現を

 新元号の「令和(れいわ)」が発表され、平成も静かに幕を閉じつつある。欧米のメディアの一部には、新しい元号が保守的な国粋主義を反映していると危惧(きぐ)する報道もあるが、大方の国民は、「令和」を率直に受け止めているようだ。

 ただ、元号が改まったからといって、日本が抱える問題がリセットされるわけではない。それでは「令和」の日本が抱えることになる問題は何だろうか。そのヒントは、去り行く時代にある。

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 平成の30年余を一つの言葉で締めくくるとすれば、「多様性」の時代であった。

 即位を間近に控えた皇太子殿下は、2月の記者会見で「平成」という時代について「多様性」が進んだ時代であると指摘されている。殿下の的確な歴史認識に示されているように、平成はベルリンの壁の倒壊とともに始まった。中国の強権的な大国化のきっかけとなった天安門事件の年でもある。

 平成は、それ以前の米ソ両超大国によって二極化された世界が多極化するとともに内戦や地域紛争が頻発し、さらに国の内側にすら分断線が走るようになった時代である。

 「多様性」は肯定的に見れば、異質なものが共存している状態を指すが、否定的に見れば、無秩序(カオス)に近い混乱と見えなくもない。その意味で、私は「多様性」を推し進めていく力として「相対化」の圧力を指摘してきた。平成は、ある意味で「相対化」の時代とも言えるのだ。

 「相対化」とは、機軸的な価値や秩序、信頼が揺らぎ、例えて言えば、頭がぐらぐらするようなめまいを覚える状態を指す。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」を支えた終身雇用、年功序列、企業内労働組合のトライアングルが日本の衰退の元凶と見なされ、非正規雇用化が急速に拡大するとともに、国民総「中流」の幻想がはじけ、労働市場の流動化と格差は常態化するようになった。こうして日本そのものが「相対化」されるようになったのである。

 他方、外に目を向ければ、戦後の日本が頼りにしてきた「アングロ・サクソン的世界」の権威が相対化されつつある。英国の「ブレグジット」(EU離脱)をめぐる混乱や米国の「アメリカ・ファースト」による覇権的秩序の分裂は、平成と同時代の世界的な変容を象徴している。

 このように内外ともに「相対化」が進み、同時にそれによって冷戦時代のイデオロギー優先の時代には隠され、あるいは抑圧されていた数々の「差異」が、「アイデンティティー・ポリティックス」(自分が誰であるか、何であるかをめぐる政治)として澎湃(ほうはい)として立ち現れるようになった。人種、民族、宗教、ジェンダーなどの領域で多様な主体が浮上し、その声を上げるようになったのである。

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 皇太子殿下が指摘されているように、そのような「多様性」を「寛容」の精神をもって認め合っていくことが新しい時代の最大の課題にならざるを得ない。それは「多様性」を促す「相対化」が陥りやすい虚無主義や、それに対する反動とも言える過度の秩序志向を排しつつ、「寛容さ」をもって粘り強く共存を求めていくことを意味する。

 ちなみに、国連関連団体が発表した「世界幸福度ランキング2019」によれば、日本は健康寿命や1人当たりGDP(国内総生産)ではそれなりの順位にありながら、他者への「寛容さ」は92位、社会の自由度も64位に甘んじ、総合58位になっている。

 果たして秩序(オーダー)と調和(ハーモニー)を表す「令和」は、「寛容」な精神による「多様性」の尊重という課題に応えられるだろうか。そうあってほしいと願う。

 【略歴】1950年、熊本市生まれ。早稲田大大学院博士課程修了後、ドイツ留学。国際基督教大准教授、東大大学院情報学環教授、聖学院大学長など歴任。2018年4月から鎮西学院院長。専攻は政治学、政治思想史。最新刊は「母の教え」。

=2019/04/08付 西日本新聞朝刊=