よみがえれ「筑豊文庫」 直方市で初のセミナー 「人々が集い語らう場に」

西日本新聞 筑豊版

一升瓶を置いた筑豊文庫のテーブルを囲み、語り合う上野朱さん(左端)ら 拡大

一升瓶を置いた筑豊文庫のテーブルを囲み、語り合う上野朱さん(左端)ら

 記録作家の上野英信さん(1923~87)が炭鉱文化を発信し、多くの人々と交流した鞍手町の活動拠点「筑豊文庫」をテーマとしたセミナーが開かれた。長男で古書店主の朱さん(62)をはじめ、ゆかりの人々が同文庫の食卓だったテーブルを囲んで語り合った。

 筑豊文庫所蔵の炭鉱関連の資料や書籍などを譲り受け、再生を目指す直方市が年1~2回の開催を予定し、3月25日に第1回を開催。「筑豊文庫とはなにか-人間の居場所づくり」と題し、語り手が英信さんとの交流などから「筑豊文庫とはどんな場所だったのか」を考察するとともに、再生後の未来像を描いた。

 朱さんは開設のいきさつを「ヤマ(炭鉱)がつぶれて放り出された人たちを救いたい、坑夫の泣き部屋をつくりたいというのが発端」と振り返った。英信さんが書いた65年1月15日付の設立宣言文には「炭鉱労働者の自立と解放のためにすべてをささげて闘う」とある。

 炭鉱住宅を改装し、自宅でもあった拠点にジャーナリストらが集まるようになり、元新聞記者で記録作家の川原一之さんは「いろんな方との出会いの場をつくってくれた」と感謝を込め、「人のもてなし方を知っていた」と懐かしんだ。

 セミナーではテーブルに一升瓶が置かれ、朱さんは「お客さんにまず酒を飲ませるのが英信流」と、もてなしぶりを披露。「野菜や魚などを近所の人たちが持ち寄ってくれた。筑豊文庫は皆さんに支えられ、育てられた。単なる資料室ではなかった」と、英信さんを求心力に人々が寄り集まった当時に感慨を込めた。

 病床での絶筆という「筑豊よ 日本を根底から変革するエネルギーであれ 火床であれ」との一文が紹介され、僧侶の近藤章さんは再生へ向けて「子どもたちが訪れ、なぜここが大事なのかや、底辺で生きた人々を伝える場にできないか」と提案。朱さんは「セミナーが火床になってさらに関連資料が集積し、人々が集い、語らう場所に育ってほしい」と未来に思いをはせた。

=2019/04/13付 西日本新聞朝刊=