まーくんが守りたい命 助清 文昭

西日本新聞

 1995年の阪神大震災で被災した兵庫県北淡(ほくだん)町(現淡路市)の当時小学6年、まーくんは昨年12月、自らの体験を話すため、熊本市で開かれた第4回全国被災地語り部国際シンポジウムに参加した。野球好きで甲子園出場を目指していたまーくんが「僕は夢をかなえることはできなくなった…」とつぶやくと、会場は静まりかえった。

 就寝中の激震で倒れてきたたんすに頭を直撃されて命を落としたまーくんは今、紙芝居の中に生きる。実在の少年がモデルだ。震源となった野島断層を展示する北淡震災記念公園の総支配人、米山(こめやま)正幸さん(53)が「阪神・淡路大震災~まーくんが伝えたいこと」と題して物語をまとめ、語り部らが披露してきた。

 がれきに埋もれた淡路島を空から眺めるまーくんが、学校の自分の机に飾られた花を見て「僕はやっぱり死んじゃったんだ」と気づき、友達に別れを告げる場面に胸が熱くなった。「お父さんとまたボートで釣りに行きたかった」という無念に触れ、私は早速、自宅でやり残していた家具の固定作業を終わらせた。

 災害で得た教訓を他者に伝えるのは容易ではない。社会心理学に「正常化の偏見」という言葉がある。自分だけは被災しないと都合よく考える心の働きだ。教訓を風化させる正体とも言える。14日で発生3年となる熊本地震の被災地では、風化への懸念が年を追うごとに強まっている。いまだ1万6千人の避難者がいると県外の人に伝えた時、驚かれるのはその一例だ。

 しかし、私たちは過去の経験を生かせずにいるばかりではない。東日本大震災の時、津波で壊滅的な被害に遭った岩手県釜石市では、小中学校にいた約2900人全員が無事だった。「釜石の奇跡」と呼ばれるが、過去100年余りで2度、津波に襲われた事実を教訓に防災教育を進めた結果、子どもらは自らの判断で避難できるようになった。

 そうした地道な取り組みを「奇跡」で終わらせてはいけない。死者・行方不明者2万人超という圧倒的な犠牲者数に立ちすくむのではなく、守ることのできた命があったことを心にとどめたい。

 南海トラフ巨大地震と首都直下地震が今後30年内に起きる確率は、70%程度と想定される。時代が「令和」に変わっても災害は襲ってくる。紙芝居のまーくんは「皆にはまず、自分の命は自分で守ってほしい。次に家族や周りの人の命も守ってほしい」と訴える。犠牲者慰霊の日、一人一人が守りたい命に思いを巡らせ、確かな備えへの一歩を踏み出したい。 (熊本総局長)


=2019/04/13付 西日本新聞朝刊=