新元号、令和に2種類の「令」 違う書き方、正しいのはどちら?  

西日本新聞

上から、楷書体の令と明朝体の令 拡大

上から、楷書体の令と明朝体の令

「書聖名品選集7・チョ遂良」より

 新元号「令和」の令。最終画が「、」の字形と「│」の字形が併存し、疑問だ。

 「、」の令は、手書き文字の規範である楷書体の字形である。7世紀、中国・初唐の時代に完成した。「│」の令は、印刷文字である明朝体の字形である。楷書体が変形し、17世紀、明の時代に成立した。印刷文字は版として彫刻されるので、刃を入れやすくするため字形が直線化した。「言」の1画目の点が「一」で表現されるのと同じ理屈で、令の「、」は「一」および「│」になった。

 新元号の「令」が示され、改めて2字形併用の現実に直面した。しかしこの問題は、既に2016年の文化庁・文化審議会国語分科会報告で指摘されていた。ある金融機関の窓口で書類に記入する際に「、」の令でなく明朝体と同じ「│」の令に書き直すように言われた事例をあげ、「印刷文字に見慣れてしまった」ため、手書きでは「、」の令を書くという習慣が「理解されにくくなっている」と説明した上で、どちらを使ってもよいとの見解を示している。

 点と線を巡る疑問は、以上の説明で一応、氷解する。しかし実は、はるか昔にもこの問題は存在していたのだ。もっとも当時は印刷文字が原因ではなく、古代文字が「│」の令だったからである。

 楷書体を完成させた初唐三大家の1人、チョ(チョは「ころもへん」に「者」)遂良(ちょすいりょう)は「雁塔聖教序(がんとうしょうぎょうじょ)」の中に二つの「令」を書いている。私は、ここにチョ自身が、わざわざ点と線の2字形を用いて書いているのを見つけて驚いた。

 字源をたどると、「令」は人が集会する様子を表す「△」と、人がひざまずく姿を表す「卩」という、二つの象形文字を組み合わせて作られている。古代の篆書(てんしょ)は硬直した刻線で記すので「│」を用いて令を書いた。

 しかし、漢の時代に紙が発明されて自在に書く技術が普及すると、「、」の令が生み出され、好まれた。後世のあまたの書家はこちらを書いた。

 チョは、皇帝の補佐官であり書記官庁長官であると同時に、古今の名蹟(せき)を鑑定する学者でもあった。古典的な字形を葬り去るに忍び難く、自作に併記したとみられる。

 字形は規則に忠実であるべき記号だが、人が用いる道具でもある。不便が生じないのであれば選択の自由は鷹揚(おうよう)に認められるべきであろう。楷書体の完成者の書から、そんな声が聞こえてくる。「令」の点と線について、さらに得心した。 (デザイン部次長・大串誠寿)

=2019/04/17付 西日本新聞朝刊=