松尾スズキさん「善を振りかざす社会」憂う 「大人」の線引き避ける時代に

西日本新聞

 場所は東京・新宿にあった小劇場「タイニイアリス」だった。午後10時以降は場所代がタダというキャンペーンを利用。楽屋は使えず、階下のゲームセンターでメークをした。今や絶大な人気を誇る劇団「大人計画」の旗揚げは平成が始まる直前の1988年6月のことだ。他劇団のセットが残るステージを黒幕で覆い、桟敷席で演じた舞台に集まった客は約50人だった。

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 「90年代のサブカル(チャー)のムードのまま、マニアックな感じでやって来た。(それが広く支持され)30年も続くとは」

 2月末、劇団主宰の松尾スズキさん(56)=北九州市出身=は東京芸術劇場であったパルコがプロデュースする舞台に主演俳優として立っていた。その楽屋で松尾さんは振り返る。

 九州産業大(福岡市)で演劇を始めた。上京後、サラリーマン生活などを経て再び演劇の世界へ。柄本明さん率いる「東京乾電池」、宮沢章夫さんの「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」などに引かれたが、当時の東京演劇界に違和感もあった。例えば、ランドセルを背負った俳優が演じる、そんな子供っぽいファンタジー系の芝居が多かったからだ。劇団名の由来については「いろいろな答えをしていてどれが本当か分からなくなった」と言う。かつての本紙取材には〈大人の中にある子ども性を表現する演劇へのアンチテーゼ。大人の問題、社会性のあるものをやりたかった〉。そう伝えると「あっそれです」と笑った。

 初期こそ時空が入り乱れたSFやドタバタコメディー色が強かった。しかし言葉通り、徐々に社会的なテーマをはらみ、タブーに切り込んでいくことになる。

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 松尾さんは、幼女連続誘拐殺人事件の宮崎勤、オウム真理教だった上祐史浩の両氏と同年生まれだ。「宮崎勤の部屋って自分の部屋と似てた。サブカルの人ってそうなりますよ。同じ歳の人がピックアップされる時代だった」。オウム真理教による事件が表面化する前の91年に新興宗教を扱った「ふくすけ」を発表するなど時代の空気にシンクロする作品を生み出した。

 転換点となった一作が94年の「愛の罰」だ。精神を病んだ女優が九州の島に帰郷する物語に、障害者、同性愛などの問題を放り込んだ。九州の話で、自身のルーツを掘り下げてリアルさを追求する一方、当時注目されていた平田オリザさんらによる「静かな演劇」との差別化も意識した。「漫画、筒井康隆が好きだし、シュールな動きがめっぽう好物。それとスーパーリアリズムみたいなものが合体すればおもしろくなると思った」。善も悪も、タブーも生きづらさも、そこにあるものとして同じ地平の上で提示しながら笑い飛ばす。喜劇と悲劇が融合したような大人計画の作風はこの頃から確立されていった。

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 九州で過ごした昭和は「上っていく時代」だった。他方、平成を「上っていくはしごが外された」という。皆が信じ、大丈夫だと思っていた足場が次々と崩れて、「うっすらとした不安の中を生きる時代」になった。その不安を増幅させた出来事が米中枢同時テロと東日本大震災だった。

 2002年初演の「業音」では、舞台にテロの映像を映した。男女がラブホテルでテレビを付け、偶然そのシーンを見る設定。「場末のホテルでテロの映像を見る。そこに人間の本質がある」。価値観が揺らぐ瞬間にも日常の営みがあるところが松尾さんにとってのリアルだった。

 東日本大震災後は、笑いや芝居が必要なのかと自問しつつ創作を続けた。「ウェルカム・ニッポン」(12年)は、多くの外国人が脱出した震災後の日本にわざわざやってくる外国人の話にした。「日常は続き、間抜けなことも起こる。とはいえ生きないといけない。そこに人間のおかしみと悲しみがある。僕が担当するのはそこしかない」

 平成はサブカル、オタク文化とメインカルチャーの境界があいまいになった時代でもあった。90年代後半に「新世紀エヴァンゲリオン」が社会現象を巻き起こした。00年以降は「電車男」がヒットし、秋葉原のアイドルは全国区になった。

 松尾さんも小説、映画、テレビと活躍の幅を広げ、劇団は千人規模の劇場を連日満員にするほどに成長した。宮藤官九郎さん脚本のNHK「あまちゃん」では劇団俳優が勢ぞろいし、大人計画はお茶の間の存在にまでなった。

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 絵本「ちびくろサンボ」が黒人差別を助長すると絶版になったのは大人計画が発足した時期と重なる。93年にはてんかんにまつわる作品表現をめぐって筒井康隆さんが断筆宣言した。映画「靖国 YASUKUNI」(08年)の上映中止問題、東京都現代美術館での会田誠さん作品の撤去騒動(15年)もあった。

 「旗揚げが今だったらぜったい炎上してましたよ。ネットがなかったから助かった」。批判や断罪はネット社会になり瞬時に拡散するようになった。しかもコンプライアンスという言葉が流行するご時世、どの業界も萎縮し、自主規制にかじを切る。

 今考える「大人」とは? そう松尾さんに問いかけた。「自分の判断で善悪の線引きができることですかね」。その文脈で「平成は大人ではなかった」とも言う。そんな時代に、そんな時代だからこそ、善も悪も、偽善も偽悪もない交ぜにした大人計画の作品が受け入れられたのかもしれない。

 「壁で囲まれた不謹慎って必要な気がするんですよ。でも『不適切な言葉がありますがご了承ください』みたいな文言をパンフレットに書く時代が来るのかな」。善が振りかざされ、タブーが忌避される。そんな無菌化していく社会の行く末に一抹の不安も抱く。

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【まつお・すずき】 1962年、北九州市出身。劇団「大人計画」主宰。所属俳優に宮藤官九郎、阿部サダヲ、荒川良々ら。最新小説は「108」。4月21日まで、「大人計画大博覧会in福岡」を福岡市天神のイムズ8階、三菱地所アルティアムと同地下2階のイムズプラザで開催中。

=2019/03/21付 西日本新聞朝刊=

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