「コロッサス」の悪夢 上別府 保慶

西日本新聞

 古代ギリシャのロードス島に太陽神の巨像がそびえ立っていたという伝説がある。「世界の七不思議」の一つに数えられ、「コロッサス」と呼ばれた。巨人の意味がある。

 冷戦時代の1970年、この巨像の名を与えられた米軍の核戦略コンピューターが登場するSF映画「コロッサス」が封切られた。ソ連の攻撃に耐えられるよう地中奥深くに設置されたコロッサスは、起動するや通信回線を通じて世界の情報を集め始め、みるみる進化する。

 やがて、ソ連にも自分と同じスーパーコンピューター「ガーディアン」が存在すると知り、勝手に対話を始める。米ソ首脳は機密漏えいを恐れ回線を切ろうとするが、コロッサスとガーディアンは自らが管理する核ミサイルを発射し、人間たちの妨害を阻む。

 そしてコロッサスたちは宣言する。「人類を管理下に置く。拒否は認めない」と。

 作品は日本にも輸入され「地球爆破作戦」という、内容とはいささか懸け離れた邦題が付いた。75年には淀川長治さんの日曜洋画劇場でも放映された。SFマニアは話題にしたものの、評論家には「人間たちの描き方が表面的」などと酷評され、B級扱いのままで終わった。

 振り返られるようになったのは、人工知能(AI)がもたらす社会の変化が論議されるようになった、ここ数年のことである。コンピューターが創造者の人類を支配する作品には、後の大ヒット作「ターミネーター」や「マトリックス」などがあるが、「コロッサス」はAIの悪夢を描く最も早い例とされている。

 AIの研究が加速する中、「シンギュラリティー(技術的特異点)」という言葉が知られてきている。将来、AIやロボットなどが人間の能力を超えて、社会の在り方を根本的に変える転換点のことだ。その時期は諸説あるが、よく言われるのは2045年ごろだという。

 昨年亡くなった宇宙物理学者のホーキング博士は「人類を超えたAIが、人類を滅ぼしかねない」として、この技術的特異点がはらむ危険性を指摘した。どう変容するのかその形は見えていないが、昔は空想の物語にとどまっていた“機械の支配”が、あり得る話として語られているのだ。

 AIの発展は、暮らしを豊かにする魔法として期待される一方、人間から仕事を奪って社会格差が一層進むといった不安も深める。残念ながら世界を見渡す時、政治家や経済人が常に正しい対応をするとは言い難いだけに、ホーキング博士の警鐘は耳に痛い。 (編集委員)

=2019/04/18付 西日本新聞朝刊=