亡き母が眺め心癒す…緩和ケア病棟の花壇、感謝の手入れ 済生会飯塚嘉穂病院

西日本新聞 筑豊版

済生会飯塚嘉穂病院の緩和ケア病棟前で花壇の手入れをする堀江貴実子さん(右) 拡大

済生会飯塚嘉穂病院の緩和ケア病棟前で花壇の手入れをする堀江貴実子さん(右)

入院中だった堀江さんの母・ナチ子さん(中央)を囲んで新春のお祝いをする医師や看護師たち=2018年1月(堀江さん提供)

 済生会飯塚嘉穂病院(飯塚市太郎丸)の緩和ケア病棟で、花壇や植木鉢の花の世話を続けているボランティアの女性がいる。同市潤野の主婦、堀江貴実子さん(70)。昨年8月、97歳で亡くなった実母、矢野ナチ子さんが同病棟に約8カ月入院したのを機に始めた。「病棟の庭の花を見て元気をもらった。入院している人や家族がほんの少しでもホッとなれば」-。

実母の入院「最初はつらかった」

 緩和ケアは、治療が難しい末期がん患者の身体的、精神的な苦痛を和らげる医療。同病院は2011年に筑豊地区で初めて専用棟を開設し、建物1階の全病室が庭に面している。

 堀江さんは週2回ほど訪れ、枯れた花びらを取り、水やりをする。寒風が吹いた2月には、色鮮やかなガザニアや観葉植物のロングアイビーを地域のボランティアグループと花壇に植え、雑草を抜いた。

 母に直腸がんが見つかったのは17年11月。リンパ節に転移し、医師は余命1カ月と告げた。10年ほど前から認知症も出ていた。若い頃から「苦しむのは嫌」と、尊厳死を支持していた母の言葉を思い出し、堀江さんは家族と相談の上で飯塚嘉穂病院の緩和ケア病棟を頼った。「最初はお別れするだけの場所との思い込みがあり、つらかった」と葛藤を明かした。

「一手間かける医療」実感

 しかし、緩和ケアは想像と違った。他院では母の栄養摂取は点滴だけだったが、栄養士は飲み込む力が弱まった患者でも食べられる献立を用意し、「完食できる量」に調整。入院1週間後から果物主体のゼリー食に移り、病院食と薬で過ごせるようになった。看護師は母の目やにを拭き取る際、温かいタオルをおでこに載せてゆっくりと驚かせないよう接した。庭の花を取って病室に飾ってもくれた。「一手間をかけてくれる医療」を実感した。

 経過が良く、昨年6月に退院。8月14日に自宅で息を引き取った。

 緩和ケアの責任者、荒木貢士医師は「ご遺族で継続して関わってもらっているのは堀江さんだけ。家族が亡くなって(緩和ケア病棟に)来るのがつらい人もいれば、笑顔であいさつに来る人もいる」と話す。治療に力を注ぐ外科から緩和ケアに転じた荒木医師は「家族にもみとり前のケアや心配りが大事。家族にうまく関わることで、別れる悲しみも少し減る気がしている」と語った。

 堀江さんは「ここに来て、母は生かしてもらった。天寿を全うしたと思っています」。これからも季節に合った花を植え替え、定期的に世話を続けていくという。

=2019/04/21付 西日本新聞朝刊=