興味深い古代中国との関係 桃崎祐輔氏

西日本新聞

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福岡大教授桃崎祐輔氏

◆令和と考古学

 新元号「令和」の出典は『万葉集』「梅花の歌」序文の「初春の令月にして、気淑(よ)く風和(やわら)ぎ」であると発表された。中国の友人たちにこの報を伝えると、「蘭亭序に似てますね」と反応があった。確かに万葉集の解説書にも、中国の書家・王羲之(おうぎし)が書いた『蘭亭序』の「天朗気清、恵風和暢」を下敷きにしたとある。また詩文集『文選(もんぜん)』収録の張衡(ちょうこう)(78~139)「帰田賦」の「仲春令月、時和し気清らかなり」から材を得たことも、万葉集研究者の間で知られているという。

 張衡は後漢の人で、暦の最高官である太史令を務めた天文学者・数学者であり、地理学者・発明家でもある。が、硬骨な人柄が皇帝の取り巻きに煙たがられ、河間国(河北省南東部)に左遷されたが、ここでも不正を取り締まって疎まれ、辞職を願い出るも許されず、都に呼び戻され程なく病死した。渾天(こんてん)儀(天球儀)、水時計、候風儀(風向計)などを発明した。洛陽に設置された地動儀(地震感知器)は、八方に配した龍の口から下の蛙(かえる)の口に玉が落ちる構造で、500キロ離れた甘粛の地震を感知した。天文学書『霊憲』では月の輝きが太陽の反射光で、月食もこの原理に基づいて起きるものであるとした。『算網論』では、円周率を3・16強と算出した。現代中国でも尊敬され、小惑星や人工衛星、隕石(いんせき)中の新鉱物に彼の名がついている。

 『文選』を編さんした蕭統(しょうとう)(501~31)は、梁の武帝の皇太子で後に昭明太子と呼ばれた。幼少より頭脳明晰(めいせき)で、成人後は仁政を行った。蔵書3万巻から厳選された『文選』には、梁以前の760編あまりの美麗な詩文が収録された。科挙試験の参考書としても愛読され、聖徳太子の「十七条憲法」や『万葉集』にも影響を与えた。蕭統は若くして病死したが、近年発掘された南京の獅子沖南朝大墓は彼の墓で、仏教的な蓮華(れんげ)文のれんがで飾られた墓室は、同時代の百済の武寧(ぶねい)王陵と対比される。れんがをジグソーパズルのように並べた墓室壁画には、隠遁(いんとん)し清談に耽(ふけ)った「竹林七賢」があらわされ、時代の雰囲気を伝えている。

 典拠は国書と謳(うた)った「令和」も源流をたどれば古代中国に行きつく。昭明太子と張衡に学んで、仁政と学芸興隆、地震予知と宇宙解明の時代が到来することを願いたい。

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 桃崎 祐輔(ももさき・ゆうすけ)福岡大教授 1967年、福岡市生まれ。筑波大大学院博士課程修了。専門は考古学。昨年3月から1年間、中国社会科学院考古研究所で客座研究員を務めた。

=2019/04/21付 西日本新聞朝刊=

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