「貯金ないまま老後」韓国、広がる格差 受験競争や高齢者の貧困…浮かぶ社会のひずみ

西日本新聞

九龍村で暮らして約20年。「年々、格差が広がっている」と語る鄭富男さん。背後には高級集合住宅が林立していた=ソウル市江南区 拡大

九龍村で暮らして約20年。「年々、格差が広がっている」と語る鄭富男さん。背後には高級集合住宅が林立していた=ソウル市江南区

開店したスポーツジムの案内チラシを配る女性たち。韓国では高齢者の働く姿が目立つ コンビニエンスストアの元経営者男性は「最低賃金の引き上げが打撃になった」と嘆いた

 ●最低賃金上昇、中小経営者に打撃

 韓国ソウルで暮らすと、貧富の格差の現実を肌で感じる。林立する高層ビル群の裏手に粗末な家屋が軒を連ね、至る所で年老いた労働者の姿を目にする。発足2年を迎える文在寅(ムンジェイン)政権は、低所得者の生活水準を底上げするため最低賃金を大幅に引き上げたが、むしろ格差が広がる皮肉な現象も起きている。街の人たちの話に耳を傾けると、過酷な受験競争や少子化、高齢者の貧困といった社会のひずみが浮かび上がる。 (ソウル池田郷)

 ▼学歴偏重で高騰

 平日の昼下がり、ソウル市庁舎に近い交差点。「アンニョンハセヨ(こんにちは)」。腰の曲がった高齢女性から新規開店したスポーツジムのチラシを手渡された。ビルの清掃、駐車場の交通整理、食堂の給仕…。ソウルでは働く高齢者の姿が日本よりも目立つ。

 知人の徐義東(ソウィドン)さん(52)に理由を尋ねると「私の周囲では子どもの教育に財産をつぎ込み、貯金のないまま老後を迎えた人が目立つ」との答えが返ってきた。

 2017年の統計によると、韓国の高齢者の年金受給率は45・6%、受給額は月平均57万ウォン(約5万7千円)にとどまる。生活が著しく苦しい人の割合を示す「相対的貧困率」は65歳以上が43・7%。70~74歳の雇用率は33・1%で、いずれも経済協力開発機構(OECD)に加盟する36カ国の中で最も高い。

 受験生の長女(17)を持つ徐さんは「共働きだが、家計はきつい」とこぼす。高校の授業料のほか、学習塾の月謝120万ウォン(約12万円)が重くのしかかる。「うちの2倍も3倍も塾代を払っている家庭は少なくない」と苦笑いした。

 その学習塾があるソウル市南部の江南区には、富裕層が多い。多くの塾に難関大合格を請け負う受験コーディネーターがおり、最難関のソウル大医学部の志望者から年1億ウォン(約1千万円)超を受け取るやり手もいる。

 韓国で2月まで放送されたドラマ「SKYキャッスル」は、行き過ぎた学歴社会の悲劇を描き、最終回は異例の高視聴率をたたき出した。SKYとは名門のソウル大、高麗(コリョ)大、延世(ヨンセ)大の頭文字。受験コーディネーターに翻弄(ほんろう)される家族の姿が話題をさらった。

 「大学に入れば将来を保証されるわけではない。でも、受験競争から脱落した時点で大企業への就職は望めなくなる」とため息をつく徐さん。2月の失業率は4・7%。年代別では20~29歳の若年層が9・3%と特に高く、受験競争の過熱に拍車を掛ける。

 韓国の就職サイトによると、中小企業社員の平均年収は約3千万ウォン(約300万円)、財閥系などの大手企業だと1億ウォン(約1千万円)を超える。国内の約360万社のうち、大手は4千社に満たない狭き門。大手や公務員を目指し、大学をあえて留年したり、何年も就職浪人を続けたりする若者も少なくない。

 ▼コンビニ経営苦境

 「コンビニの経営者を続けるより、アルバイトとして働いた方が割が良い。もう潮時だと見切った」。ソウル市郊外で2月までコンビニを経営していた男性(33)は、こう語った。

 若い世代の就職難が続く韓国では、20~30代のコンビニ経営者が珍しくない。男性がコンビニのフランチャイズ経営を始めたのは約2年前。本部へ支払う保証金など開業資金約6千万ウォン(約600万円)は、大卒後にバイトでためた4千万ウォン(約400万円)と親から借りた2千万ウォン(約200万円)を充てた。

 当初の月収は350万ウォン(約35万円)だったが、人件費の急上昇が経営を直撃した。文政権がこの2年間で、最低賃金を約30%増の時給8350ウォン(約835円)に引き上げたためだ。男性は昨年、従業員を1人減らし、平日はアルバイトが10時間、残る14時間は自分が出て店を回した。

 今年に入ると、男性の月収は250万ウォン(約25万円)に落ち込んだ。バイトの人繰りがつかず店の倉庫で2時間仮眠し、1日22時間レジに立つこともあった。結婚を考えていた女性からは「店に出ずっぱりのあなたとは一緒に暮らせない」と別れを告げられた。

 韓国内のコンビニは約4万店。1店当たりの顧客は日本の約2200人に対し約1300人。少ない顧客を奪い合う構図が浮かび上がる。日中に従業員が不在で入り口が施錠されている店も目立つ。「トイレに行きます。すみません」。ある店では手書きのメモがドアに張られていた。

 ▼出生率「1」割れ

 不動産業者から、ソウルの格差を象徴する場所があると聞き、足を運んだ。

 高級住宅街が集まる江南区の外れにある九龍村。約1100世帯が暮らす住居の多くは、ベニヤ板で四方を囲み、シートで夜露をしのいでいる。屋根が吹き飛ばないよう石や古タイヤで重しがしてある。1980年代以降、事業に失敗したり、家族が離散したりした低所得者が身を寄せる。

 この地に暮らして約20年の鄭富男(チョンブナム)さん(75)は、役員をしていた建設会社が95年に倒産し、九龍村に流れ着いた。妻と死別してからは長男(35)と2人暮らし。今も建設現場で働きながら食いつないでいる。

 無許可で建てた家が並ぶ一帯には、再開発の計画がある。鄭さんも市の担当者と立ち退き交渉をしている。「再開発住宅の権利をくれとは言わないが、移る家がないのに『出て行け』というのはおかしい」

 村の背後には、ソウル有数の高級マンションがそびえ立つ。地上66階、約120平方メートルの中古で20億ウォン(約2億円)前後。財閥系企業が開発し、芸能人や大手企業幹部らが暮らす。

 「国内総生産(GDP)は成長しているそうだが、私たちには関係のないことだ。格差が広がり、真ん中の層が薄くなった」。鄭さんの言う「真ん中」とは中間層のことだ。

 学歴偏重が教育費を高騰させ、少子化や高齢者の貧困を招く悪循環。女性が一生に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は、世界最低水準の0・98となり、衝撃を広げた。経済不安から子どもを持つことに慎重な家庭が増えている。

 鄭さんの長男も職こそあるが、生活は苦しく今も未婚だ。「政権が代わって、何かもたらされたことはない。期待もしないよ」。たそがれ時、夕日に照らされた超高層ビルの長い影が、貧しい村に伸びていた。

 ●所得の二極化 データ裏付け 上位層10%増収 下位層17%減収

 韓国経済は、半導体やスマートフォン市場でシェア世界一のサムスン電子など大手企業への依存度が高く、中小企業との待遇格差も日本より大きい。2018年9~12月の所得上位20%層の月収は平均932万ウォン(約93万円)で前年同期比10.4%増、逆に下位20%層は123万ウォン(約12万円)で同17.7%減となり、格差の拡大を数字が裏付けている。

 若い世代の経済不安が少子化の一因とされることから、文在寅政権は若者を採用する中小企業に補助金を出したり、新婚家庭向けに安価な住宅を提供したりしているが、効果は限定的。最低賃金の大幅な引き上げも「零細自営業者への直撃弾」(韓国メディア)となり、コンビニ店主の平均月収は17年の195万ウォン(約19万円)から、18年には130万ウォン(約13万円)まで低下したとの統計もある。

 高齢者の貧困は、1988年に国民年金制度が始まるなど、社会保障制度の整備が遅れたことも要因とされる。政府統計庁は「急速に進む高齢化の速度に韓国社会がまだ備えられていない状況」と警告している。

=2019/04/22付 西日本新聞朝刊=