ナイル川の最長水源 異議あり! ルワンダ 政府公認地VS早大隊発見地 宮崎の小川さん、27日講演会

西日本新聞

小川渉さん ルワンダ政府が公認した水源を訪れた小川渉さん=2012年撮影 50年前の4月27日に早大隊が発見した最長水源と思われる地点。水が湧き出す地点を確認する小川渉さん=2012年撮影

 日本から約1万2千キロ離れた地の謎を探れ-。中央アフリカのルワンダにあるナイル川の最長水源について、早稲田大探検部OBの男性が異議を唱えている。宮崎県綾町の小川渉(わたる)さん(70)は10年ほど前から地道に資料を収集、分析。その結果、ルワンダ政府が公認済みの水源は別の川に流れ込むことを突き止め、早大が発見した東南側にある水源こそが最長と主張する。小川さんは早大の発見から丸50年となる27日、地元で講演会を開く。

 ルワンダの面積は約2万6千平方キロメートルで、南九州3県を合わせたよりやや広い程度。民族対立による1994年の大虐殺で有名な国だが、この国に世界最長のナイル川の源流があることを知る人は少ない。

 ナイル川の水源は、19世紀から各国の探検隊が探し続けてきた。1862年、英国のジョン・ハニング・スピークはビクトリア湖を水源と発表。ドイツのリヒャルト・カントはビクトリア湖に注ぐカゲラ川上流に最長水源を見つけ、著書「ナイルの源」に記した。

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 現在、綾町でパン工房を営む小川さん。冒険とは無縁の生活だが半世紀前の1968年、早大探検部がナイル探検隊を組織した際、同大2年生だった小川さんも参加した。ナイル川の全域調査を目的に約7か月間、アフリカに滞在。途中で分散して小川さんと先輩の2人が最長水源を求めた。

 翌年の4月にはカントが見つけた水源を確認。せっかくだからと、数日間かけて周辺の川も実測して回った。すると、小さな湿地帯の先に水流を発見し、計測すると最長水源だと判明した。記念に「ナイルの水源」とフランス語で記した木版を掲げたという。

 帰国後、小川さんは学内向けの報告書のほか、国内の探検雑誌にも寄稿。だが、国際的にアピールすることはなかった。

 それから40年近くたった2008年、テレビ番組で公認水源なるものの存在を知った。06年に英国とニュージーランドの探検隊が、最長水源を発見したという。「ここは最長水源」という看板も立ち、ルワンダ政府も公認していた。

 「行ってみたい」と思っていたところ、12年に雑誌社からナイル源流探しの企画に経験者として同行してほしいと声が掛かった。ただ、実際に巡ってみると「何か説明できない違和感を覚えた」という。

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 小川さんは帰国後、友人に頼んで国会図書館からルワンダ政府機関発行の詳細な5万分の1の地図を入手。「違和感の原因を探りたい」一心だった。現地周辺の森はナイル川水系と大西洋へ注ぐコンゴ川水系が接する。小川さんは、細かい等高線を見ながら分水嶺(ぶんすいれい)を地図に引いていった。決定的な事実に気付いた。公認水源は分水嶺の西側、コンゴ川に流れる水系だった。

 「大変なことだ」と思った小川さんは数カ月後、大学探検部のOB会でその話をした。伝え聞いた後輩たちが16年に水源調査隊を組織。隊は両川水系を分ける分水嶺の踏破を試みた。当然ながら分水嶺を横切る川など存在しなかった。

 帰国後、小川さんに渡された報告書には「イギリス隊が見つけたポイントはナイル川源流ではない」とあった。小川さんは支流まで書かれた地図でも公認水源から水系をたどったが、コンゴ川にしかつながらないことも分かった。

 公認水源は、ルワンダの観光パンフレットなどでも紹介されており、問題は深刻だ。小川さんは「ナイル川の存在根拠である最長水源が誤ったままで良いはずがない。国際的に検証すべきテーマだ」と訴える。

 ▼ナイル水源発見50周年記念講演会「真の源流に迫る」 27日午後3時から、宮崎県綾町南俣の綾ふれあい館2階。入場無料。同日は資料の展示会もある。同館=0985(30)7270。

=2019/04/23付 西日本新聞朝刊=

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