地方選の低投票率、行き着く先は”政治の私物化” 広がる「無投票当選」に解決策は 九州大大学院・出水教授に聞く

西日本新聞

九州大の出水薫教授 拡大

九州大の出水薫教授

 全国各地の統一地方選における首長選や議員選で相次いだ無投票当選。九州大大学院法学研究院の出水薫教授(政治学)は、解決策の一つに「会社員でも兼業できる議員像」を掲げる。低投票率も含め、市民と政治がかけ離れた社会では「政治の私物化」が進んでいくと警鐘を鳴らしている。

 ―立候補者不足が招く無投票。なぜ、地方選の立候補者が減っているのでしょうか。

 「まず挙げられるのは『平成の大合併』です。市町村合併が進んで一つの自治体の人口は増えた一方で議員定数は削減。その結果、当選ラインが上がり、出馬のハードルも高まりました。もう一つは、政党や労働組合などの団体における集票力の低下です。一定の人口規模以上の自治体では、個人で選挙を戦っても当選は事実上あり得ませんが、かといって政党や団体が推せる人の数も減ってきています」

 「県議選の福岡市東区(定数5)が無投票になったのはその典型例。自民2人、国民民主、公明、共産がすみ分けて無投票となりましたが、自民も3議席目を狙うほどの組織力が維持できなくなっています。とはいえ、相対的に組織力が強い自民現職がいる1人区では、ほかの組織や団体が対抗馬を立てられず、無投票になっています」

 ―立候補する人の視点では、何が出馬の障害になっていると思いますか。

 「休職して立候補できる大企業もありますが、少数にとどまっています。多くの場合、生活を懸けた決断にならざるを得ないのが最大のネック。この状況で立候補できるのは(別に収入がある)年金生活者や自営業者くらいでしょう。いざ当選したとしても、県議や政令市議であれば、何とか子育てもできる程度の議員報酬ではありますが、それ以外の議員では難しい」

 ―無投票は小規模の自治体で深刻です。どう解決していけばいいのでしょうか。

 「まず、政令市を除く市町村議は実費と交通費くらいの手当に抑える。その上で、会社員でも兼業できるように議会は通年で週4日、夜に1時間半だけやる。議員定数は2~3倍に増やします。当選ラインが下がるので立候補しやすくなるし、議員定数が増えれば、一部の議員による利益誘導もしにくくなります」

 ―県議、政令市議レベルでの改善案はどう考えますか。

 「今の選挙制度を前提に考えないことが大切です。比例代表の導入や、県内全てを選挙区にするなどのアイデアはありますが、『なぜ無投票が問題か』という視点からの見直しが求められます。選挙戦がなければ、候補者や政治について市民に提供される情報が減り、結果的に考える機会も減ります。つまり、考える機会を提供するためにどう見直すべきなのかを考えるべきだと思います」

 ―誰がどう見直しを進めていくのかというのも難しい問題です。

 「一義的には住民が提案していくことになりますが、ショック療法という手段もあります。米国は州の下に郡があり、住民の希望に添って市や町が形成されています。自治体運営がもうできないというのであれば、市や町レベルの自治をあきらめ〝都道府県民〟になるという問題提起もあり得ます。『議員を立てるために一部の住民が頭を下げて回り、候補者を推すという作業まで必要なのはおかしい』『存続できないなら解体すればいい』。こういう議論も出てくると、問題意識を持ちやすくなります」

 ―現在の投票率からみて、自治は危機的な状況にあるようにも映ります。

 「デモクラシー(民主主義)が危機的です。線引きはいろいろありますが、投票に行く人が半分にも満たないのは異常です。最大多数が白紙委任している結果、政治の私物化が進んでいます。一部の政治家の利害のために公権力が使われるのが最も破局的」

 ―その先にあるものをどう分析していますか。

 「歴史的にみると、権力者は常に私的利用の誘惑にさらされてきました。それをチェックするために発展したのがデモクラシー。ですが、現在は歴史を逆戻りさせています。公権力の私物化では、一部の人たちの利益が最大化され、その裏返しで踏みにじられる権利が出てきます。それは既に起きつつあって、多くの人が気付いたときには政治の私物化を是正する回路そのものが失われているかもしれません」

 ―逆戻りの理由はどこにあるのでしょうか。

 「『最低限、投票くらいはしましょう』という議論が有効ではなくなっています。選挙に参加することへの責任、義務がないがしろになっています。学校では、日本国憲法の三大原則は暗記させても、『主権者とは』という議論をしてきませんでした。『何も変わらないから選挙に行かない』という人もいますが、確かに1票では首相も政策も選べない。投票した人が当選するか、しないかだけ。だけど、見返りがないことを理由に投票に行かない人は、主権者の自覚がないということだと考えてもらいたいですね」

=2019/04/25 西日本新聞朝刊=