広島原爆資料館再オープン 被爆「実物」で伝える 叔父の遺品展示の女性「生きた証し向き合う」

西日本新聞

遺品の定期入れとともに展示されている叔父・木島和雄さんの遺影を見つめる船附洋子さん=25日午前、広島市 拡大

遺品の定期入れとともに展示されている叔父・木島和雄さんの遺影を見つめる船附洋子さん=25日午前、広島市

 広島市の原爆資料館本館が25日、写真や遺品などの実物展示を重視する内容に刷新され、再オープンした。来場者の中には、15歳で広島原爆に命を奪われた叔父の「生きた証しとちゃんと向き合いたい」と、新たに常設展示された遺品を見つめる女性の姿があった。

 船附(ふなつき)洋子さん(67)=広島県廿日市市。母・小子(さよこ)さん(享年92)の弟である木島和雄さんとの面識はない。こだわる理由は、残された側である母の悲しみを痛感していたからだ。

 叔父は学徒動員先へ向かう途中、爆心地から1・7キロで被爆。倒壊した建物で煙にまかれ、亡くなった。戦後、母が叔父のことを口にすることはなかった。

 船附さんが30歳を過ぎた頃の8月6日、ふと尋ねると、母は涙を流しながら、振り絞るように記憶を語った。後にも先にも一度きり。原爆投下の日から1カ月後、叔父の定期入れだけが戻ってきたという。

 2004年に資料館に寄贈していた定期入れは、25日から遺影とともに並べられた。船附さんは涙をこらえて向き合った。「何で戦争なんてするんじゃろね」。母の口癖を思い出した。大勢の来館者が、定期入れの前で足を止めた。「叔父も母も喜んでくれている」。そう感じた。

 資料館ではこの日、式典があり、児童約60人が8月6日の平和記念式典で歌い継がれる「ひろしま平和の歌」を披露した。

=2019/04/26付 西日本新聞朝刊=