【次代へ】黒板の似顔絵アートは個人情報? 消えた学級連絡網、被災者名も非公表 過剰反応?保護意識高まる

西日本新聞

 切ない結末になったのは、黒板アートが「個人情報」と受け止められたからだった。

 卒業式の朝、福岡市の中学校。登校した卒業生たちを待っていたのは、教室の黒板にチョークで描かれた自分たちの似顔絵だった。担任教諭が生徒一人一人の個性を、愛情込めて表現した。当日未明まで2日間かけて仕上げたという。

 卒業生の一人が、ツイッターに黒板アートの写真を投稿し、つぶやいた。「いい先生に出会えた」

 感動は瞬く間に拡散し、12万人以上が「いいね」と反応した。しかし数日後、写真は削除された。「色々あって消しました」と卒業生は書き込んだ。学校側が削除させたという。事情を知る教諭によると、理由は「保護者の複数人から苦情が寄せられたから」-。昨年春のことだ。

 「似顔絵にそこまで目くじらを立てなくても…」と首をかしげる保護者がいた一方、女子高校生の父親(51)は言う。「個人が特定されたり、何かのトラブルに巻き込まれたりしないかと、親は心配なんです」

 かつては当たり前のように保護者に配られていたクラスの連絡網も姿を消していった。60代の元中学教頭は「連絡網の電話番号や住所を悪用したと思われる詐欺や、ダイレクトメール、電話勧誘が相次いだことがきっかけだった」と話す。

 現在はメール配信システムを使って連絡することが多い。「メールアドレスを教えたくない保護者が数十人はいて、学校が直接電話連絡している」という。

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 個人情報保護法が施行されたのは平成17年(2005年)。平成は、人々が個人情報の取り扱いに敏感になった時代だった。

 個人情報の詰まったペーパーの「名簿」が不用意に出回ることは減った。一方で、管理ミスやサイバー攻撃によって、データ化した個人情報が大量に漏えいする事態も後を絶たない。

 保護意識の高まりと矛盾するように、フェイスブックなど会員制交流サイト(SNS)では名前や住所、顔写真、職場、学校名など個人情報を惜しげもなくさらけ出す人たちがあふれている。

 福岡大の實原隆志教授(憲法・情報法)は「IT化の進展による犯罪の多様化と、個人で情報発信できるツールの普及によって、新たな問題が起きている」と指摘する。

 時に「過剰反応」とも受け取れる現象も起きる。どこまでがプライバシーに当たり、公的に共有すべき情報といえるのか、線引きは難しい。

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 悩ましいのが災害時の対応だ。

 昨年の西日本豪雨では、安否不明者の氏名公表について、自治体によって対応が割れた。過去の災害では氏名を公表したことで情報が得られ、捜索活動の一助となったことがあった。これに対し、非公表を望む家族もいる。

 近所同士でも、連絡先を教えたくないという人もいる。16年4月の熊本地震発生当時、熊本市で自治会長だった女性(43)は、自治会の電話番号録がなく、連絡に困る場面があったと打ち明ける。民生委員の協力もあり数日間で全員の安否を確認できたものの、「個人情報保護よりも安全確保の方が優先ではないか」と違和感を覚えたという。

 實原教授は「個人情報の保護に敏感になりすぎると社会生活に支障が出る恐れがある。一方で、個人情報を明かすことにはリスクもあり、『過剰反応』は正常な反応である可能性もある。社会も個々人も、ケースごとにしっかり考えることが重要になる」と指摘している。

 個人情報保護法 企業やNPO法人、自治会、学校の同窓会など事業者・団体を対象に、個人情報を取り扱う際のルールを定めた法律。個人情報には氏名や住所、顔写真、指紋のほか、旅券番号などが含まれ、利用目的の本人への通知などを義務付ける。2017年の改正法施行に伴い、5000人分以下の個人情報を扱う個人事業主なども規制対象に。ネット上の個人情報や閲覧履歴の消去など「忘れられる権利」を定めた欧州連合(EU)と比べ、「日本の法整備はまだ甘い」という指摘もある。

=2019/04/29付 西日本新聞朝刊=

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