「日韓の懸け橋」父が継いだ ホーム転落救出 李秀賢さんの父・盛大さん逝く

西日本新聞

李秀賢さんの出身高校にある顕彰碑前で「秀賢さんを記憶にとどめる活動を続けたい」と話す釜山韓日文化交流協会の河淑警事務局長=韓国釜山市 拡大

李秀賢さんの出身高校にある顕彰碑前で「秀賢さんを記憶にとどめる活動を続けたい」と話す釜山韓日文化交流協会の河淑警事務局長=韓国釜山市

 ●留学生に奨学金 大震災 私費で寄付

 東京のJR新大久保駅で2001年、線路に転落した日本人男性を助けようとして犠牲になった韓国人留学生、李秀賢(イスヒョン)さん=当時(26)=の父、盛大(ソンデ)さん=韓国釜山市=が今年3月、79歳で亡くなった。「日韓の懸け橋になる」という息子の遺志を継いで両国の友好に尽くし、日本政府から勲章も贈られた。釜山市の遺族や親交のあった人々を訪ね、その足跡をたどった。
 (釜山・前田絵)

 「まるで自分の半身を失ったような気持ちです」。妻の辛潤賛(シンユンチャン)さん(68)は静かに語り、涙をぬぐった。息子の突然の死から18年。夫婦は身を引き裂かれるような痛みを分かち合いながら、二人三脚で日韓友好に力を注いできた。

 夫婦は事故の翌年、寄せられた見舞金や弔慰金を基に、「李秀賢顕彰奨学会(現・エルエスエイチアジア奨学会)」を設立。これまでに日本で学ぶ18カ国・地域のアジア系留学生897人に奨学金を支給した。11年の東日本大震災の際には私費で1千万ウォン(約100万円)を寄付。15年には日本政府から盛大さんに旭日双光章が贈られた。

 盛大さんは1月に脳梗塞を患い、毎年続けていた秀賢さんの命日に合わせた来日を断念。その後、順調に回復していたが、3月18日に自宅で倒れ、21日に息を引き取ったという。

 辛さんは伴侶を失った悲しみから自宅に引きこもりがちだったが、日本人の弔問客に励まされ「落ち込んでいられない」と奮起。息子と夫の思いを胸に「日韓交流の絆をずっと守っていきたい」と前を向く。

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 誠実、真面目、リーダーシップ…。周囲が語る盛大さんの人柄は秀賢さんと重なる部分が多い。秀賢さんが留学していた赤門会日本語学校の尹吉鎬(ユンギルホ)・釜山事務所長は18年前、事故の一報を伝えた際の盛大さんの様子を覚えている。「取り乱さず、冷静に状況を尋ねてきた。韓国では感情を表に出す人が多いが、息子の死を知っても『立派だった』と話すのを聞いて感心した」と振り返る。

 同校の新井時賛(ときよし)理事長によると、盛大さんは毎年約240枚の年賀状を日本に送っていたという。「親しい友人に限らず、名刺交換した人を含めて出していたようだ。誠実な対応をしてきたことがよく分かる」

 1月に来日できなかった盛大さんは関係者へのあいさつを手紙につづった。悪化する日韓関係に触れた上で「こういう時こそ、民間の交流が活発に行われ、心のつながりを大切にしてほしい」と呼び掛ける内容だった。関係者は5月24日に東京でしのぶ会を開き、その思いを共有する予定だ。

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 亡くなった父子の遺志は釜山に息づいている。日本との交流を担う「釜山韓日文化交流協会」は盛大さんの取り組みを支えようと10年に顕彰活動を始めた。

 「美しき青年、李秀賢さんの集い」を意味する韓国語の頭文字から「アイモ」と名付け、秀賢さんが好きだった登山を通じた日韓交流事業などを展開。16年には日韓の学生たちが秀賢さんのゆかりの地を訪れ、両国関係について意見交換する行事も開いた。

 アイモ10年目を迎える今年は韓国内で秀賢さんを再認識してもらう多様なイベントが計画されている。6月にソウルで秀賢さんをテーマにした映画上映会や写真展(国際交流基金ソウル日本文化センターと共催)を開くほか、9月には釜山で韓国の大学生が秀賢さんについて調べたことを発表する行事もある。

 人の命を救おうとして「日韓の懸け橋」になる夢を絶たれた息子と、その思いを引き継いだ父。交流協会の河淑警(ハスクキョン)事務局長は「『息子のことを忘れないでほしい』という盛大さんの遺志を受け継いでいきたい」と語った。

 ●見ず知らずの日本人 救うために線路へ

 ▼JR新大久保駅事故 2001年1月26日午後7時すぎ、東京のJR新大久保駅のホームから酒に酔った日本人男性が線路に転落した。その場に居合わせた韓国人留学生の李秀賢さん=当時(26)=とカメラマンの関根史郎さん=当時(47)=が、男性を助けようとして線路内に入り、電車にひかれて3人とも死亡した。2人は転落した男性と面識がなかった。

 秀賢さんは小中高校時代を韓国釜山市で過ごし、ソウル市の高麗大に進学。日本語を学んでいた秀賢さんは、日韓の貿易に興味を抱き「将来は両国の懸け橋」になりたいと休学し、00年から日本に留学していた。自らの危険を顧みずに日本人の命を救おうとした秀賢さんの行動は日韓両国で大きな感動を呼んだ。

=2019/04/29付 西日本新聞朝刊=

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