平成→令和またぎ祝う 平成筑豊鉄道「歴史つくる」記念列車

西日本新聞

 平成元(1989)年に開業した第三セクター平成筑豊鉄道(福岡県福智町)は4月30日深夜から1日未明に平成最後の最終列車を運行し、元号が令和へと変わる瞬間、車内は拍手と歓声に包まれた。「へいちく」の愛称で知られる鉄道の沿線人口は減り続け、豪雨で被災し一部区間が一時不通となることも3回あった。激動の平成から令和へ-。二つの時代をまたいで走り続ける。

 「5、4、3、2、1…おめでとう!」。鉄道ファンや家族連れなど約120人を乗せ、行橋駅(同県行橋市)を出発した2両編成の列車は、今川河童駅(同)に到着する直前、新元号を祝うカウントダウンが始まった。河合賢一社長は「新しい平成筑豊鉄道の歴史を地域のみなさんと楽しくつくっていきたい」。行橋市の会社員右田篤志さん(36)は妻と1歳の長男と乗車。「子どもが生きていく時代が、平成よりもっと平和になってほしい」と、長男を抱きしめた。

 新たな歴史の一ページを刻む列車の運転席にいたのは、昨年4月から運転士を務める中西紀之さん(47)。「令和10年でも20年でも、地域に愛され続ける鉄道会社でなければならない」

 開業以来勤務する唯一の運転士、高藤猛さん(70)は旧国鉄門司鉄道管理局の運転士だった。赤字ローカル線が同鉄道に引き継がれることになり「田川で生まれ育った者としてぜひ行かせてほしい」と志願した。「鉄道が残って良かった」「買い物に行ける」。年配者の安堵(あんど)の声を聞いた。

 かつては乗客が乗り切れないほどだったへいちく。沿線では高校が次々と閉校し、一昨年の乗客数はピークだった92年(342万人)の半分にも満たない。

 1日未明、列車に新たなヘッドマークが付けられた。「よろしく“令和”」。高藤さんは2日、改元後初めてハンドルを握る。地域住民らの変わらぬ日常を乗せて。

=2019/05/01付 西日本新聞夕刊=

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