令和と憲法 大いに論じ生かす時代へ

西日本新聞

 全ての道はローマに通ず-。

 広大な版図を誇った古代ローマの姿に由来する格言です。物事の真理、帰結点は常に一つという意味です。戦後日本の歩みに重ねると、こんな言葉が浮かびます。

 全ての営みは憲法に通ず-。

 令和の時代にあっても、この真理を決して見失ってはならない、と私たちは考えます。

 ▼条文は変わらずも

 日本国憲法は72年前のきょう5月3日に施行されました。以来、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を柱とした条文は一字一句変わっていません。ところが、国の姿はいつしか変質し、憲法から遊離しつつあるのではないか。平成の30年は、そんな不安や疑念が膨らんだ時代でした。

 想起したい点は二つあります。一つは国際社会の激動にあおられる形で、違憲性を帯びた安全保障施策が次々に打ち出されたこと。もう一つは大規模災害などに直面する中で、憲法の精神がこの国で今なお十分に生かされていない実相があぶり出されたことです。

 前者の多くは「米国追従」ありきで、拙速感が否めませんでした。特に憂慮すべきは憲法との整合性が十分に議論されず、政治の判断による「解釈改憲」がまかり通ったことです。これにより、自衛隊の海外派遣や集団的自衛権の行使が合憲とされました。

 後者は基本的人権に関わる問題です。大地震、原発事故、豪雨災害などは日本に覚醒を迫りました。古来、自然の脅威にさらされてきながら、防災対策や危機管理がいかに甘かったか。被災者の救済を含め、政府は諸施策の抜本的見直しや法整備に追われました。

 国策の過ちが深く認識されず、平成に入るまで取り残された人々もいます。ハンセン病や先日救済法が制定された強制不妊手術の被害者らです。憲法の生存権などに照らせば、遅きに失したと言わざるを得ません。水俣病など何の落ち度もない公害患者らの救済問題が今なお解決していないことも、深刻に捉えるべきです。

 ▼冷静な民意の中で

 「2020年を、新しい憲法が施行される年にしたいと強く願っています」。安倍晋三首相は2年前の憲法記念日にこう語り、自衛隊の存在を9条に明記することを柱とした改憲を提唱しました。その一方で、最近は「主役は国民。幅広い合意形成が必要だ」と、いわば当たり前のことをさかんに強調しています。なぜか。

 共同通信の今春の憲法に関する世論調査では憲法論議に関心がある人は7割に上り、改憲について「必要」「どちらかといえば必要」が合わせて63%に達しました。

 ただし、9条の改正は「必要」45%、「不必要」47%と賛否が拮抗(きっこう)し、安倍政権下での改憲には反対が54%を占めました。改憲の場合、環境権、知る権利、地方分権、財政規律などの条項を設けるべきだという声もありました。

 これらは、合意形成にはなお遠く、むしろ首相の独善的な姿勢への反発が根強いことを示唆しています。また、安保だけに特化しない冷静な論議を求める民意もうかがえます。首相はそうした中で、自らに対する不信感の払拭(ふっしょく)を余儀なくされている印象があります。

 ▼不断の営みこそが

 「君たちはどう生きるか」。一昨年来、この題名の漫画がベストセラーになり、話題を集めました。故吉野源三郎さんの名著を分かりやすく伝える本です。かつて原作を読んだ方も多いでしょう。

 15歳のコペル君が叔父との交流を通じて貧困、いじめ、格差、差別などの問題を考え、人としての生き方を学んでいく話です。

 戦前の1937年に書かれた作品ですが、取り上げられたテーマは新憲法下の現代でも深く横たわっています。その意味で日本がどうあるべきか、時代を超え私たちに問いを突き付けている、その点が作品の深みになっています。

 国防は重要な命題です。大いに議論すべきです。同時に憲法に関わる問題が身近にも存在することを意識する必要があります。政治が見落としているのであれば私たちが声を上げ、解決への議論を主導していかなければなりません。

 憲法で国民を主権者と定めて国家権力を縛る仕組みは、歴史の教訓を踏まえた人類の英知です。そして崇高な理念に沿って国政の諸改革を不断に進める営みがあってこそ、憲法は輝きを放ちます。

 ローマは一日にしてならず-。

この格言も意味深長です。報道メディアとして政治を監視していく使命に終わりがないことも、改めて胸に刻みたいと思います。

=2019/05/03付 西日本新聞朝刊=