江戸期のままの長崎街道 小倉北区で路面出土

西日本新聞

福岡拘置所小倉拘置支所敷地内から出土した長崎街道の一部。全長約80メートルに及び、良好な状態で見つかった=北九州市小倉北区(北九州市提供) 拡大

福岡拘置所小倉拘置支所敷地内から出土した長崎街道の一部。全長約80メートルに及び、良好な状態で見つかった=北九州市小倉北区(北九州市提供)

瓦製造時の失敗作「融着瓦」は、現地周辺で瓦を製造していたことを示す(北九州市提供)

 福岡拘置所小倉拘置支所(北九州市小倉北区)の建て替え工事に伴う発掘調査で見つかった金田(かなだ)遺跡第3地点に、江戸時代に整備された「長崎街道」の一部が含まれていたことが分かった。良好な状態で、路面や側溝に加え、井戸、鬼瓦も大量に出土した。市芸術文化振興財団は「近代以降、開発が繰り返される城下町で、江戸期の街道の路面が往時のまま見つかるのは非常に珍しい」としている。

 金田遺跡第3地点の発掘調査は昨年8~12月に行い、街道は小倉拘置支所の建物の地下1メートルに埋まっていた。財団が小倉藩の城下町調査の基礎資料「小倉藩士屋敷絵図」と照合し、特定した。

 見つかった街道は幅約5メートル、全長約80メートル。砂利が敷き詰められ、補修した跡もあった。周辺からは、井戸21基や鬼瓦、瓦製造時の失敗作「融着(ゆうちゃく)瓦」など数千点も見つかった。発掘調査を担当した安部和城学芸員は「江戸期の街道の実態が分かる貴重な発見。融着瓦も北九州市では初めて見つかった」と指摘した。

 長崎街道などの出土部分は記録保存され、既に埋め戻した。発掘調査は約600平方メートル分残っており、今月末に着手する。市立埋蔵文化財センター(同区)で、長崎街道の写真や出土品76点を展示している。

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【ワードBOX】長崎街道

 豊前国小倉(北九州市小倉北区)の常盤橋を起点に、飯塚宿(福岡県飯塚市)や佐賀宿(佐賀市)を通り、肥前国長崎(長崎市)までの約230キロを結んだ。参勤交代に加え、江戸幕府の鎖国政策の下、海外との交易を国内で唯一担った長崎に通じる街道として重視された。ルートは国道3号や国道200号に発展した。発掘調査をした金田遺跡第3地点は、常盤橋から南西約1キロの小倉城下。

=2019/05/10付 西日本新聞朝刊=