ツツジの縁100年経ても 英のウィルソンが持ち帰り 人気に 関係者来日、久留米で交流

西日本新聞 筑後版

世界つつじセンターの職員らと交流するリチャードさん(左から2人目) 拡大

世界つつじセンターの職員らと交流するリチャードさん(左から2人目)

リチャードさん持参の穂木から育てたクルメツツジ「青海」

 久留米市花であるクルメツツジは大正期、一人の英国人の手によって海を渡り、欧米に広まった。そのツツジをいまも英国の庭園で育てている造園デザイナーがこのほど、先駆者の顕彰を目的に久留米市を訪問、地元の園芸関係者と交流した。100年を経てなお続く日英の縁。関係者は「クルメツツジの歴史を広く知ってもらうきっかけになれば」と話している。

 クルメツツジは江戸末期に久留米藩士が育種し、品種改良を重ねてきた。その美しさに注目したのが、貴重な植物を探して世界を旅した英国人プラントハンター、アーネスト・ヘンリー・ウィルソン(1876~1930)。米ハーバード大付属の樹木園から派遣され、アジア各地で植物を採集した。日本では屋久島(鹿児島県)にある屋久杉の切り株「ウィルソン株」を発見したことで知られる。

 ツツジ1600品種2万本がある市世界つつじセンター(同市山本町耳納)によると、ウィルソンは1918年、久留米市の園芸業者を訪ねてクルメツツジ50品種を選び、買い付けた。持ち帰ったツツジは米国の展示会で好評を博し、その後、欧州にも広がった。欧米の園芸界や研究者の間で「ウィルソン50(フィフティ)」と呼ばれ、現在も特別な品種として扱われているという。

 100年近い歴史を持つ英南西部ペンザンスのトレウィデン・ガーデンにはかつてウィルソン50がそろっていた。同園の造園デザイナー、リチャード・モートンさん(48)によると、枯れたり、新たに採集したりを繰り返し、三十数種となったが一部は品種名が分からなくなっていたという。

 リチャードさんは、国際ツバキ協会(本部・英国)前会長から紹介を受けた同会元理事の松本重雄さん(84)=北九州市在住=と、日本ツバキ協会久留米支部顧問の赤司己喜雄さん(81)=久留米市草野町吉木=を頼り、2017年4月に初めて久留米を訪問。世界つつじセンターの一角にあるウィルソン50のコーナーを熱心に見て回った。この時には50品種のうち、センターに唯一なかった「青海」の穂木も英国から持参し、ツツジ生産者でもある赤司さんに託した。

 2年ぶりの今回の来日では、赤司さんが接ぎ木で苗に育てた青海を、リチャードさんがセンターに寄贈し“帰郷”を果たした。

 2度の来日でトレウィデン・ガーデンに50品種全てがそろうめどもたった。リチャードさんは感謝し「市や市民はクルメツツジをもっと誇りに思ってほしい」と話した。

=2019/05/16付 西日本新聞朝刊=