【きょうのテーマ】津屋崎人形 魅力を探る 筑前津屋崎人形巧房(福岡県福津市)を訪ねる 素朴さの中に気品  熟練の技で形に

西日本新聞

真剣な表情で「ごん太」人形の顔を描く原田誠さん 拡大

真剣な表情で「ごん太」人形の顔を描く原田誠さん

ふくよかな表情が愛らしい津屋崎人形 100年以上使われている人形を焼く窯 工房にはさまざまな人形の型が保存されていた 人形作りへの思いを語る原田翔平さん

 みなさんは「津屋崎人形」を知っていますか? 福岡県福津市の津屋崎地区に伝わる郷土玩具で、県の特産民芸品に指定されています。技法を受け継ぐ人形師の原田誠さん(67)の工房「筑前津屋崎人形巧房」をこども記者が訪れ、その魅力を取材しました。

【紙面PDF】きょうのテーマ=津屋崎人形 魅力を探る

 波がきらめく津屋崎海岸に近い工房に入ると、誠さんと長男の翔平さん(29)が出迎えてくれた。

 誠さんは「津屋崎人形には江戸時代から続く200年以上の歴史があり、私はこの工房の7代目の人形師です」と話した。かつて津屋崎は質のいい陶土の産地だった。かめなどの土器を製造していた職人が、造形の技術を生かして人形を作ったのが津屋崎人形の始まりだそうだ。

 店内には、勇ましいポーズの武将や着物姿の女性など、色鮮やかな作品が並んでいた。素朴さの中にも表情に気品があり、見る人をいやすぬくもりを感じた。

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 翔平さんが工房内を案内してくれた。天井の高さまで並べられた人形の型の数に驚いた。「千点以上あります。型があれば昔の作品も作ることができる。人形師の財産です」。現在、工房では七隈(福岡市城南区)の陶土を使用。陶土に触るとしっとりとしていたが、手際良く作業しないとすぐに固まると感じた。

 人形の製造法も聞いた。(1)空気の泡が入ると人形が割れるので陶土をしっかりこねる(2)陶土を伸ばし表と裏の型に詰めて2枚を合わせる(3)型から人形をはずし3~4日乾燥させる(4)窯で8時間ほど素焼きにする-など、それぞれの段階で熟練した技が必要と知った。

 100年以上使っている窯を見た。翔平さんは「人形を焼いた後の窯は暖かいので、近所のネコが中に入らないように気を付けています」と笑った。

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 人形師になって45年の誠さんが、おしゃぶり人形の「ごん太」の絵付けを見せてくれた。誠さんは先代の父親の下で20年修業したが「人形の命である顔の絵付けはさせてくれなかった。おやじが亡くなって初めてやって、その難しさを知った」と振り返った。「今でも目を描くときは気を使うね」と語りながら細い筆で2センチほどの大きさの顔を仕上げていく姿に感動した。

 私たちも宮地嶽神社(福津市)に伝わる商売繁盛の縁起物「モマ笛」の絵付けをした。モマとは地元の言葉でフクロウを指す。うまく色が塗れず、あらためて人形師の技のすごさを感じた。吹くと「ホー」と本物の鳴き声のような音がして、優しい気持ちになれた。

●8代目人形師・原田翔平さん 「新たな可能性探りたい」

 工房の8代目の人形師・翔平さんに話を聞いた。翔平さんは大学を卒業後、公務員になったが、陶製のピンズなど新商品開発に挑戦する誠さんの姿を見て、「自分も津屋崎人形の新たな可能性を探りたい」と工房を継ぐ決心をし、3年前に退職した。公務員の経験は「人との交渉や、パソコンを使ったネットでの津屋崎人形の情報発信に役立っている」そうだ。

 インターネット通販にも力を入れている。最近では「ごん太」がテレビ番組で紹介され、全国から注文が来るなど「素朴な人形の中に新しさを感じてくれる人が増えている」と手応えを語る。人形師としての今後について聞くと「まずは自分が『これなら買いたい』と思えるくらいに人形作りの腕を磨きたい」と力を込めた。

 津屋崎人形を作る工房は現在2軒しかない。翔平さんの「伝統を守りながらいずれは自分なりの味を出したい」という言葉に、津屋崎人形は次の世代にしっかりと受け継がれていくと感じた。

 ●わキャッタ!メモ

 ▼筑前津屋崎人形巧房 福岡県福津市津屋崎。1777年創業。初代人形師の卯七が息子の半兵衛(2代目)と作った人形が津屋崎人形の始まりとされる。店内では縁起物などさまざまな商品を販売している。火、水曜休み。同店=0940(52)0419。

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=2019/05/16付 西日本新聞朝刊=

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