沖縄の不条理 福岡から見つめる 本土復帰47年

西日本新聞

福岡沖縄県人会会長の知念稔さん 拡大

福岡沖縄県人会会長の知念稔さん

本土に沖縄の米軍基地を引き取る福岡の会の里村和歌子代表

 戦後、米軍施政下にあった沖縄が本土に復帰して15日で47年。半世紀近くを経た今も、全国の米軍専用施設の約70%が沖縄に集中し、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古への移設を巡る対立は解けていない。沖縄の過去・未来を、福岡からそれぞれの目線で見つめる人たちがいる。

「自主自立の精神を」福岡沖縄県人会会長・知念稔さん

 本土復帰前の小学4年の時、日系2世で米軍人だった父親の転勤で福岡に移り住んだ。博多弁も分からずいじめられ、同級生に言われた言葉を今も覚えている。「沖縄は戦争で負けたから米国なんやろ」「何で日本語しゃべれっちゃ」「おまえは外人やろ」

 当時は米軍施政下にあったとはいえ、本土で間違った認識が広まっていたことに「ショックで、ただ悔しかった」。

 高校3年の時に、沖縄はようやく本土復帰を果たす。「米国はなぜすぐに返さなかったんだ」。疑問はくすぶり続けた。

 答えを見つけた気がしたのは防衛大学校に進んでから。憧れたパイロットは視力の問題で諦めたが、安全保障を本格的に学び、極東地域における「地理的優位性」から米国が沖縄を手放さなかったと理解した。

 戦史も学んだ。太平洋戦争で沖縄が強いられた犠牲の大きさを改めて感じた。出身地の首里は焼け野原になり、親戚の多くが犠牲になった。「沖縄戦がなければ、米軍基地も集中せず、今のような問題は起きていないだろう」

 現在は福岡市で会社を経営。現状の沖縄に厳しい目を向ける。辺野古移設を巡る対立に心を痛めつつも、日米両政府の合意である以上、「県が主張しても変わらないのでは」とも思う。

 それより気になるのは、沖縄の政治家が負担軽減を訴えながら、事実上の見返りとして安易に政府に振興策を求めてきたことだ。「国に甘えているように見られる。補助金だけに頼るのではなく、自主自立でやっていかないといけない。まずは自分たちで沖縄の将来像を描かなければ」

「差別する側にいた」本土に米軍基地を引き取る福岡の会代表・里村和歌子さん

 夫の転勤で1年間、沖縄で暮らした。息子の幼稚園の先生に「ナイチャー(内地の人)は怖い」と言われ、初めてナイチャーとウチナーンチュ(沖縄の人)が区別されていることを知った。「何で怖いと思われるんだろう」。沖縄を離れた後、通った大学院の教授に話すと、意外な言葉が返ってきた。「あなたこそ差別主義者ですよ」

 沖縄を差別したつもりはない。理解できず反発すると、教授は切り返したという。「では、なぜ沖縄に70%の米軍基地があるのか」

 学べば学ぶほど、本土が沖縄に強いた負の歴史を知った。占領下から今も続く米軍関連の事件や事故。本土で起こりえないことが、沖縄では当たり前のように起きる。本土で誰も受け入れない米軍基地を、沖縄に押しつけてきた事実は重い。「本土側が加害者となって、沖縄の足を踏んづけてきた。差別しているという意識がなくても、自分は差別する側にいた。まずは、その踏んでいる足をどかさないといけない」

 辺野古移設に反対する知事が当選しても、政府は工事を進める。「政府が聞く耳を持たないことも、本土の人の関心がないことも、おかしい」

 2015年、大阪で発足した「引き取る会」を福岡でも立ち上げた。会は全国で10団体に広がった。朝鮮半島情勢を考えると、九州北部が地理的に重要と言われることもある。問題は「どこが引き取るか」ではないと考えている。

 「大切なのは、どれほどひどいことが今の沖縄で起きているか気付くこと。辺境の沖縄の問題ではなく、本土が考えるべきことがたくさんあると思います」

=2019/05/16付 西日本新聞朝刊=

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