「全ての人に価値」 手を差し伸べ 20年で920人保護 断崖で自殺を止める牧師 藤藪庸一さんに聞く

西日本新聞

西南学院大で講演する藤藪庸一さん=4月 拡大

西南学院大で講演する藤藪庸一さん=4月

 和歌山県白浜町の断崖で自殺志願者の話に耳を傾け、自立を支える牧師がいる。白浜バプテスト基督教会の牧師藤藪(ふじやぶ)庸一さん(46)はNPO法人「白浜レスキューネットワーク」理事長も務め、20年間で約920人を保護してきた。ぎりぎりの所で自殺を食い止める牧師の目に映るものは何か。福岡市で講演した藤藪さんに聞いた。

 観光名所であり、自殺志願者が後を絶たない崖「三段壁」には、「いのちの電話」の電話番号が記された看板が立つ。24時間、藤藪さんの携帯電話につながる。26歳で牧師になったとき、先代牧師の活動を引き継いだ。以来、電話越しの叫びに耳を澄まし、崖の上に救助に向かってきた。

 「崇高な理想があって始めたわけじゃない。目の前で起こることに向き合い、一つ一つ考えながらやってきただけ」「話を聞くだけならいくらでもできる。話を聞いた上で自分の意見をぶつけると、相手への責任が伴う。責任を取る覚悟で顔を合わせてきた」

 警察庁によると、2018年の自殺者は2万840人。藤藪さんが保護する自殺志願者は多い年で約100人、ここ数年は40―50人で推移している。自立するまで教会で寝食を提供し、常時15人前後が共同生活を送る。開始当初は40―50代が多かったが、最近は20―30代も増えた。

 「大人になりきれなかったり、生きる意味や目標が分からなかったりという人が目立つ。プライドが高く、弱みを見せられず、他人を頼ることは負けだとも考えている。人と距離を置き、聞く力が弱く、親友をつくることができない」

 自殺志願者たちにそんな変化を感じる。それに伴い、自殺予防活動として小学生の学童保育に力を入れるようになった。勉強や箸の持ち方などを教え、コミュニケーション力を育む。

 「場面に即した判断力、生きる力を養い、人の前に立ったときに劣等感を抱かないようにしてあげたい。やりたいことが見つかったとき、目標に向かう力、困ったときに助けを求める力も身に付けさせたい。それが自殺予防につながる」

      ◇

 弁当店を運営し、保護した人たちと働く。調理技術などを学んでもらい、自立を促す狙いがある。

 「最初は経済的な自立を目標にしていたが、いくら経済的に満たされても幸せじゃない人がいた。次第に、人間的な尊厳が守られ、人間らしい生活を送ることを目指すようになった」「例えば、80代男性は教会からデイサービスに通い、ヘルパーに来てもらっている。みんなとご飯を食べて笑ったり、トイレを失敗して悔しがったり、それでいいんじゃないか、と」

 朝晩2回、携帯を手にトイレにこもる数分が唯一の自分の時間。自己犠牲の上に成り立つ活動のよりどころは「信仰」と断言する。信仰がない人には献身的な活動は難しいのだろうか。

 「活動当初に出会った65歳男性は崖の上で座り込んでいた。観光に来ていた女子学生に『おっちゃん、ばかなことしたらあかんよ』と2千円を手渡され、それで朝ご飯を食べ『死ぬのをやめた』と僕に電話してきた。彼は9カ月で仕事に就き、70歳を超えるまで働いた。『生きててよかった。あの女の子のおかげや』と言った。多分女子学生に信仰はなく、少し勇気を出しただけ」「目の前の人に手を差し伸べる良心は信仰の有無にかかわらず誰にもある。良心で助け合い、つながることができればいい。ただ、良心を動かす前に成育環境や経験、社会通念によって形作られるフィルターがある。今は分厚いフィルターが覆いかぶさって、届かない人が多い気がする」

 活動は、映画「曙光(しょこう)」(18年)のモデルになり、ドキュメンタリー映画「牧師といのちの崖」(同)も製作された。「あなたを諦めない 自殺救済の現場から」(いのちのことば社)を著すなど、精力的に発信する。

 「神は全ての人を愛している。全ての人に価値があり、尊いということ。それを伝えたい」

=2019/05/17付 西日本新聞朝刊=

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