日本文字表記と「和」 大串 誠寿

西日本新聞

 日本文字を美しく配列することはなかなか難しい。仮名や漢字、アルファベットなど自国文字と外国文字が、まぜて用いられるからだ。混合書記システムと呼ばれる、世界でも類いまれな表記方式だ。

 読みも複雑だ。例えば「色」。呉音の「シキ」、漢音の「ショク」と2通りに音読みされる。訓読みもされて、平仮名「いろ」や片仮名「イロ」と表記でき、欧米文字で「IRO」と書けるし、アラビア数字で「16」と戯れることも可能だ。

 融通無碍(むげ)。多様性に富む日本文化を象徴している。

 紀元前1世紀ごろ、文字を持たなかった日本列島の住人が漢帝国を訪れた。純朴で、自らを「WA」と称していたからだろう、漢の書記官は彼らを「倭人」と記した。「倭」は従順を意味する字で、日本列島民は格下として扱われたらしい。志賀島で発見された漢委奴国王印の「委」は「倭」の略体字と見るのが通説で、印影の大部を占める装飾的な「漢」の字に比べ、小さく簡素に刻されている。

 その後、日本列島には多くの小国が立った。やがて、山懐に抱かれた奈良盆地を本拠とし、自らを「やまと」と名乗る一派が勢力を伸ばし、列島を統一していった。彼らは「倭」を「やまと」と、自国語で訓読みするようにした。古事記は倭建命(やまとたけるのみこと)と記す。

 文字を使いこなすようになると、唐帝国が「大唐」と称していることに対抗して「大倭」と記した。さらに「倭」の字を、良い意味を持つ「和」の字に置き換え「大和」と記すようにした。「和」を良い字と判断したのは、聖徳太子の十七条憲法の「和を以(もっ)て貴しと為(な)す」に代表される、「戦」の対義語だからだ。

 「和」の字を国号に用い得たのは、単に「和」の発音が「WA」であり、「倭」と置換可能であったという偶然にすぎない。しかしこれは幸運な偶然であった。国号に冠せられた「和」は、日本人の規範として意識され、自国文化を育む一助になったはずだ。

 「和」を頂く元号になって半月が過ぎた。祝賀の熱気は去り、日々の現実に直面する。国内外で対立や不寛容が先鋭化する中、諸課題を解決していく理念として「和」は貴重だ。新しい時代を切り開く方途を示していると思える。

 「和」は、混淆(こんこう)調和により新しい力を生み出す概念だ。外国文字を巧みに取り入れた日本の書記システムはこれを体現した。来歴の異なる文字を調和させることは難儀だが、日本人は労をいとわず自らのものとし、今日の豊かな文字文化を築き上げている。

 (デザイン部次長)

=2019/05/18付 西日本新聞朝刊=

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