「ぼんやりしておっても仕方がないからの。日記でも書こうかと思い立った」…

西日本新聞 オピニオン面

 「ぼんやりしておっても仕方がないからの。日記でも書こうかと思い立った」。藤沢周平の連作短編時代小説「三屋清左衛門残日録(ざんじつろく)」は、清左衛門のそんな言葉を挟んで始まる

▼藩の職を退き隠居生活に入った初老の清左衛門は寂寥(せきりょう)感に襲われた。〈朝の寝ざめの床の中で、まずその日一日をどう過ごしたらいいかということから考えなければならなかった〉

▼1980年代に発表されたこの小説は、昨年もテレビドラマの新作が放送され、ファンが多い。ファンの中には、清左衛門に倣って退職後の故郷暮らしの中で「日記でも」と思い立った人や、退職したら自分もと思う人を増やしたようだ

▼作中の清左衛門は、釣りざおを担いで川に行ったり田に出て体を動かしたりする日々に忙しさが加わっていく。隠居前は用人だったので旧友らから相談事を持ち込まれるのだ

▼現代の退職年齢は侍時代より高いが、スーツにさよならした人が小さなリュックを担いで快活に街に出る姿をたくさん見る。人との関係をつくり直す人もいれば孤を楽しむ人もいる。日記も人それぞれ

▼日記の題について「残日録というのはいかがでしょうね」と寂しげに問われた清左衛門はこう答える。「日残リテ昏(く)ルルニ未ダ遠シの意味でな。残り日を数えようというわけではない」。日記と同じくらい予定表に書くことも多い、そういう人を増やす令和の高齢化社会であってほしい。

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