校則をなくしてみた中学校 「常識」に挑んだ校長の改革

西日本新聞

 【校則の?・7】東京都世田谷区に、全国の注目を集める公立中学校がある。区立桜丘中。生徒の髪形や服装は自由で、携帯電話やタブレット端末の持ち込みもできる。遅刻しても、教室から抜け出しても声を荒らげる教師はいない。「学校の常識」に挑む現場を訪ねた。

   ◇   ◇

 都心から離れ、古い商店も残る住宅地の一画。桜丘中の校舎に入ると、職員室前の廊下の不思議な光景がまず目につく。

 窓際に机と椅子が並んでいる。そこで、生徒たちがパソコンを使って調べものをしたり、スマートフォンで動画を見たり。ゆったりと体を預けられるハンモックや、企業から提供を受けた3Dプリンター、人型ロボット「ペッパー」もある。午前11時。多くの生徒が教室で机に向かう中、ここではもう一つの授業が繰り広げられていた。

 「教室にいるのが嫌だったり、入りづらかったりする子の居場所。生徒の判断で自習してもらい、職員室にいる誰かが目配りしている」。西郷孝彦校長(64)が説明した。

 パソコンでプログラミングのソフトを操作していた男子生徒は「行けそうな授業の時は教室に戻るようにしている」。女子生徒は「居心地はいいけど、成績が下がったし、ずっとここにいちゃだめだよね」と隣の友人に語り掛けた。

 生徒数約530人。「廊下学習」を続けて都立トップや有名私大の付属高校に進学した子もいる。「最近は将来を見据えて実用的な高校を選ぶ子もいて新鮮な驚きです」と西郷校長。目標としているのは、どんな子も個性を生かして楽しく中学生活を送る環境づくりだ。

理由ない校則 続々廃止

 改革は、西郷校長が着任した2010年に始まった。桜丘中はかつて生徒同士や教師への暴力が絶えない荒れた学校だった。「朝礼も授業中も怒鳴り声が響き、あれもだめこれもだめ。力で押さえつける指導がまん延していた」

 ルールがあるから守らせようと躍起になる。子どもが楽しいはずがない。そんな思いを教師一人一人にぶつけた。靴下の色はなぜ白でないとだめなのか。セーターの色はどうか。一つ一つの疑問に生徒指導の教師も答えられなかった。理由がないなら規定の意味はない。「本当に必要かどうかを考えた結果、校則がなくなった。教師も私の対応に面倒くさくなったのでしょうね」と言う。

 もちろんベテラン教師を中心に反発はあった。保護者も地域も理解するまでに時間はかかった。「最後はトップの判断。学校経営を担う校長には結構権限があるんですよ」

 決まり事がなくなって生徒は逆に落ち着き始めた。校内でチャイムは鳴らない。それでもほとんどは時間通りに登校して授業時間は席に着く。服装も99%が標準服を購入し、極端な乱れはない。タブレットも必要のない生徒は持ってこなくなった。いじめや不登校が減った。

 教師の負担も減少した。服装点検や遅刻指導などに時間を割く必要がなくなった分だけ、教材研究や授業改善に集中できるようになり、結果、平均学力は区内トップレベルに。教職員の平均年齢は36歳と若い。

 保護者からはスマホを解禁したことで「子どもから欲しいとせがまれ困る」、遅刻をなくしたことで「朝、子どもが起きない」といった相談はある。ただ、西郷校長は「それは家庭の問題」と突っぱねる。

勉強より大事なことは

 桜丘中の生徒手帳には三つの心得が記されている。「礼儀を大切にする」「出会いを大切にする」「自分を大切にする」。その裏には、自由に自分の意見を言うことができる、といった子どもの権利条約の主な内容が掲載されている。

 このため生徒の意見が最も反映される生徒総会の決定事項はできるだけ実現するようにしてきた。昨年度の要望事項の一つに「定期テストをやめてほしい」があった。

 各学期の中間、期末テスト。100点満点の一発勝負だと生徒の負担は大きい。理解度を測るためのものならば10点満点のテストを10回、20点満点を5回と小分けにすればいい。今年から形を変えることにした。西郷校長は「一度だめでも挽回のチャンスがある。生徒の日々の勉強量も増えた」と語る。

 月に1度は「夜の勉強教室」も開かれている。午後5時から8時まで生徒の出入りは自由で地域住民手作りの夕食も100円で食べられる。自習を基本としているが、手が空いている教師が顔をのぞかせることもある。

 「親の月収が4千万円という子も、経済的に厳しい家庭の子も変わらず過ごせるのが公立の良さ。『公平さ』を求めればきりがないが、学校は勉強よりも大事なことを教える場だ」

 間もなく65歳になる西郷校長の再任用延長も本年度が最後になる。「出過ぎたくいは打ちようがない。今後も受け継がれると信じています」

「できない」では何も変わらない―取材を終えて

 義務教育の公立中学校で校則のないケースは極めて珍しい。実現には教師間の意思統一、生徒への十分な浸透に加えて保護者、地域の理解と、越えなければならないハードルはいくつもある。

 とりわけ「抵抗勢力」となるのが教育委員会だ。実は西郷孝彦校長は「校務の責任者は校長。報告することに意味はない」と、学校改革のほとんどを世田谷区教委に知らせていなかった。後に知った区教委から厳しい叱責(しっせき)を受けることになったが、区長の理解もあって改革の手は緩めない。

 学校改革が注目されるとき、特別な人物による特別な取り組みだとよく耳にする。桜丘中も確かに西郷校長の強力なリーダーシップが背景にあるが「発想は全て子どもたちから学んだこと。『できない』というのは何も考えていないことと同じだ」と言う。その環境は東京も九州も変わらない。(前田英男)

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