「炭鉱史の生き字引」深町純亮さん死去 歴史や文化紹介に尽力

西日本新聞 筑豊版

 26日に93歳で亡くなった飯塚市歴史資料館の元館長、深町純亮さんは、筑豊の石炭研究の第一人者で、筑豊炭田の歴史や文化を後世に伝える活動に尽力した。関係者からは「炭鉱史の生き字引を亡くした」など悼む声が相次いだ。

 甘木市(現朝倉市)出身。九州大卒業後、1948年に麻生鉱業に入社し、麻生セメントや飯塚病院事務長などを経て、92年に同資料館館長に就任した。一緒に働いた現館長の嶋田光一さん(64)は「筑豊炭田の歴史を何でも知っていた。市民向け講座にも積極的で、分かりやすく歴史を紹介していた」と振り返った。

 炭坑節の歴史をたどる「炭坑節物語」、白蓮事件の経緯をまとめた「筑豊炭田外史 大正ロマン物語」、地域文芸誌「月刊嘉麻の里」(2012年3月休刊)の連載「筑豊石炭史話」など著書や寄稿も多く、筑豊炭田の史実を掘り起こした。

 嶋田さんは昨年、筑豊炭田遺跡群が国史跡に指定されるなど、平成は筑豊地区の炭鉱遺産が脚光を浴びた時代となったことに触れ、「その礎を築いた一人が深町さんだった。昭和から筑豊炭田の意義を伝え続けた。功績は大きい。もっといろいろな話を聞きたかった」と肩を落とした。

 深町さんは旧伊藤伝右衛門邸や嘉穂劇場の保存活動にも取り組んだ。09年度の県文化賞を受賞。飯塚文化連盟会長の紙野美寿江さん(70)は「幅広い知識を持ち、活動の先頭に立ってくれた。愛嬌(あいきょう)のある話し方と愛車のバイクを運転する姿が印象に残っている。地域になくてはならない人を失った」。

 片峯誠市長も「筑豊は炭鉱の負のイメージで語られることが多かった。保存活動を通じて、筑豊の文化の素晴らしさが広く評価されるようになったのは、深町先生のご尽力にほかならない」とコメントした。

 飯塚商工会議所の麻生泰会頭は「地元の活動に積極的なだけでなく、麻生OB会の会長も務めてくれた。筑豊だけでなく麻生グループのイメージアップに貢献してくれた。いつも明るく、博識で文才もあり、飯塚を良くしようという思いが強かった」と話した。

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