ここにもガラスの天井  岩田 直仁

西日本新聞 オピニオン面

 懐かしき昭和の時代、書店には「女流作家」の棚があった。平成で女性の作家が増えた結果、今は男女混合で本を並べるのが主流になった。

 企業社会と異なり、文学の世界には、もとより指導的地位も序列もない。とはいえ、賞の選考委員になることは、存在感を示す目安にはなるだろう。長年、男性作家が大半だった芥川賞と直木賞の選考委員の構成は近年、男女ほぼ同数。文学界は男性中心主義から脱しつつある。

 一方、美術界では、女性の進出やキャリアアップを阻む「ガラスの天井」を巡る議論が沸騰している。

 火をつけたのは、8月に開幕する国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督を務める、ジャーナリストの津田大介さん。

 芸術祭のコンセプトに沿って参加アーティストを選び、男女をほぼ同数にした。

 「芸術における男女平等を愛知から発信する」と語る津田さんは、男女格差の存在を指摘する。美術大学の新入生は女性の方が随分多いのに、国内の国際的芸術祭に招かれるアーティストは男性が目立つ。美術館の学芸員の半数以上は女性だが、館長の圧倒的多数は男性。まるで、どこかの会社のよう。

 さまざまな分野にガラスの天井がある。目を凝らさないと見えないだけなのだ。

 天井をつくり、守ろうとするのは、その上に立つ人々だが、「男らしさ・女らしさ」といった性別に基づく社会規範や役割意識、いわゆるジェンダー(社会的性差)が彼らの安泰を支える働きをする。「自治会やPTAの会長は男性」といった意識もそれ。

 ジェンダーは人の成長とともに、その内面に深く根を張っていく。だから変え難く、話題としても敬遠される。

 海外でも同じだ。ナイジェリア出身の女性作家、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェさんが語っている。

 彼女は「女性はかくあるべし」という圧力にあらがうフェミニズムを、性別を問わずジェンダーの呪縛から抜け出すための思想と考える。「男も女もみんなフェミニストでなきゃ」と題したスピーチは米国の人気女性歌手ビヨンセさんが自作に引用して話題となり、翻訳出版もされた。

 彼女が定義するフェミニストとは、男性であれ女性であれ「ジェンダーについては今日だって問題があるよね、だから改善しなきゃね」という人である。これなら、フェミストを自称できる男性も多くいるはず。日本の著名辞典にある「女に甘い男」といういびつな定義は、そろそろ削除しなければ。 (論説委員)

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