100年前の独立宣言書寄贈 長崎の男性、韓国の記念館に

西日本新聞 国際面

 【天安(韓国)池田郷】日本統治下の朝鮮半島で「三・一独立運動」が起きた1919年に印刷された「独立宣言書」の1枚を自宅に保存していた長崎県大村市の元教師、佐藤正夫さん(67)が28日、韓国中部・天安市の独立記念館に現物を寄贈した。宣言書は当時、平壌(現在の北朝鮮)で商売していた祖父の遺品。同館によると、宣言書は約2万1千枚が印刷されたとされるが、現存するのは佐藤さん寄贈の1枚を含め9枚しかなく、韓国の登録文化財として申請予定という。

 この日、同館であった寄贈式で佐藤さんは「祖父と父が大事にしてきた宣言書を手放すかどうか悩んだが、2人の思いを受け継ぐにはこの記念館がふさわしいと考えた」と語った。

 宣言書は縦22・5センチ、横46・5センチ。漢字とハングルで書かれ、朝鮮の独立や人類平等などを訴えている。「三・一独立運動」に合わせてソウルでひそかに印刷され、各地で配布されたが、多くは憲兵らに押収されたとされる。

 同館によると、冒頭の「朝鮮」の表記が「鮮朝」と誤植されている点や、書体の特徴が同館所蔵の宣言書と一致するため、本物と判断した。平壌で配られた宣言書が見つかるのは初めてという。

 佐藤さんの祖父、芳兵(よしへい)さん(1879-1954)は06年に朝鮮半島へ渡り、29年まで平壌で陶器商などを営んだ。佐藤さんは「祖父は朝鮮語の読み書きができ、地元の人たちと交流があったため宣言書を入手したのではないか。ずっと大事に保管していたのは強い思い入れがあったからだろう」と話す。

 幼少期を芳兵さんと平壌で過ごし、戦後は福岡市で牧師を務めた父の俊男さん(13-2000)は1984年、当時の回想記を出版。芳兵さんが宣言書を日本に持ち帰ったことや、日本の朝鮮半島支配への贖罪(しょくざい)意識などをつづっている。回想記などによると、平壌の自宅は独立集会が開かれた場所やデモが行われた通りに近かったという。

 同館の李俊植(イジュンシク)館長は式典で「貴重な資料を100年間も保存していただき感謝している。韓国人の遺産として永久に保存したい」と謝意を伝えた。

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