強制不妊判決 「違憲」ならば真の救済を

西日本新聞 オピニオン面

 旧優生保護法(1948~96年)を初めて憲法違反と認めた判決は、日本の人権施策にとって画期的な意義がある。

 にもかかわらず、旧法により不妊手術を強いられた被害者が求めた国家賠償は否定した。

 判決の論理は一貫性に欠けると言わざるを得ず、疑問を禁じ得ない。誤った法律に基づく施策で苦しめられているのは誰なのか。その視点が司法判断では最も問われているはずだ。

 知的障害を理由に、旧法に基づき強制不妊手術を受けた女性2人が国に計7千万円余の損害賠償を求めた訴訟は、原告敗訴に終わった。全国7地裁で争われている同種訴訟で、仙台地裁が初の判決を下した。

 地裁は、旧法による不妊手術を「不合理な理由で子を望む者の幸福を一方的に踏みにじる」と断じ、「憲法に違反し、無効だ」と明快に言い切った。

 違憲かつ無効であるなら、原告の訴えは当然、理にかなうものであろう。しかし判決は「除斥期間」を持ち出した。行使せずにいると権利が消滅してしまう期間だ。時間の経過とともに権利関係の判断が難しくなっていく悪影響を避けるための概念とされる。損害賠償の請求は違法行為から20年に限られる。

 確かに原告が手術を強いられたのは40年以上も前で、提訴したのは昨年だ。とはいえ、最高裁判例によれば、除斥期間は事情に応じ弾力的に適用される。

 今回の判決も、本人が手術した証拠を入手すること自体が困難なため「20年が経過する前に賠償請求権を行使するのは現実的に困難だった」と指摘した。

 原告敗訴の結論は、明らかな矛盾ではないか。

 厚生労働省によると、約2万5千人が旧法による手術を受けた。このうち9割は80年代までに手術を施されており、除斥期間を厳格に適用すれば大半が泣き寝入りを強いられる。

 判決は、除斥期間とは無関係の救済立法が不可欠だったとする一方、優生思想を巡る法的議論の蓄積が少なく「立法不作為」に違法性はないとした。

 先月施行した不妊手術の被害者救済法は、被害者が明確化を求める違憲性や国の法的責任には触れず、支給金も一時金320万円にとどまった。しかも仙台地裁の判決に先回りする形での議員立法で、厳しい判決が出た場合の影響を事前に避ける意図は明白だった。被害者への謝罪の主体を「われわれ」とあいまいに表記するなど、真の救済と尊厳回復には程遠い内容だ。

 今回の判決で示された違憲という重い判断を、法改正を含め最大限に救済策充実に反映させるべきだ。旧法を制定した国会と執行した政府の責務である。

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