子どもの事件語るべきか 佐世保・小6殺害から15年

西日本新聞 社会面

 長崎県佐世保市の大久保小で2004年、当時6年生だった女子児童が同級生に刃物で殺害された事件から6月1日で15年になる。現場となった学校では、毎年この日に「いのちを見つめる集会」を開いているが、最近は校長が事件に言及することはない。失われた命の大切さをどのように語り継げばよいか。事件に心を痛めた市民の受け止めは一様ではない。

 事件現場の教室は改修され「いこいの広場」となった。昨年4月に就任した佐藤正実校長はここで毎日手を合わせる。「事件を風化させてはならないと一番思っているのは私」と自負している。今年の集会も事件には触れない方針だ。「事件の内容は重い。脳の発達が未成熟な子どもたちに伝えるべきか否かを考えて、踏みとどまった」と話す。

 集会には児童、教員、保護者、地域住民が参加し、それぞれの代表が命を守る決意を発表する。かつては校長が、同級生とのトラブルで女児が亡くなったと説明していたが、17年から死亡した事実のみを伝える。

 17年に校長だった小林庸輔さん(61)に理由を聞くと「集会の目的は命を見つめること。事件を思い出すことではない」と答えた。児童の心への配慮に加え、過去よりも、現在目の前にいる児童を重視する考えからだという。

 子どもが大久保小に通う男性は、学校の方針に理解を示す。「命って、大人でも難しい。大人が分かっていないから子どもに伝え切れない」。事件の風化よりも当時を知らない人が事件を蒸し返し、間違った情報が飛び交うことを懸念する。

 地元住民の感情は複雑だ。大久保小OBの70代男性は事件を悲しみ、長く苦しんだ。「事件は思い出したくないし、思い出させたくもない」。一方で「二度と同じような事件を起こさせない」との思いで、児童の通学に毎朝付き添う。

 亡くなった女児と子どもが同級生だった女性は、ヘリコプターの音を聞くと、取材が殺到した事件当時を思い出し、胸がうずく。集会は欠かさず出席し、女児の冥福を祈る。学校が事件の中身に触れないことには「彼女の存在が薄れてしまう」とショックを受けた。大切な命が失われた事件を忘れてはいけない‐。思いはずっと変わらない。

 事件後に大久保小で校長を務めた三島智彰さん(65)はこう考える。「命は大切です、と呪文のように繰り返すことは簡単だ。なぜ大切か。理解を深めるためにも、集会を始めた経緯は踏まえておいた方がいい」

 佐世保市の小中学校では31日、各校長が自身の言葉で児童、生徒に「命の大切さ」を語る。内容は校長に委ねられている。

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