明治の紅茶碗再現 有田町の83歳 村島さん ろくろで白磁、品格生む

西日本新聞 佐賀版

紅茶碗を囲んで、弟子の大場美央さんと語り合う村島さん(左) 拡大

紅茶碗を囲んで、弟子の大場美央さんと語り合う村島さん(左)

 有田町大樽のベテランろくろ師、村島昭文さん(83)が明治時代の紅茶碗(わん)を再現した。昨年、有田陶磁美術館であった「お茶を召しませ!幕末明治のカップ&ソーサー展」に出た明治初期の紅茶碗の造形に職人魂を刺激されたという。「模写こそ有田の職人の原点。作りたい形に巡り合えた」と、ろくろで薄手の白磁に仕上げ、より優美な姿を生み出した。

 村島さんは15歳でろくろの道に入り、初代奥川忠右衛門さんに師事。深川製磁の職人として皇室食器も手がけた。現在は古陶磁の美しく高難度な造形に触発されては再現する創作活動を続けている。

 今回再現したのは、明治初期に輸出用に作られた菊型の紅茶碗とソーサー。「高台から胴の立ち上がりまでの線はきりっと厳しいが、口作りがふわりと柔らかい。素直に見えて複雑な曲線にひかれた」と言う。紅茶を入れると色が透けて見えるほど薄手で、きゃしゃな持ち手部分が紅茶を飲む指先を優雅に見せる。

 明治伊万里研究家の蒲地孝典さん(70)によると、原型の紅茶碗は明治期に横浜で生産・輸出された「横浜焼」で、瀬戸やフランスなどから生地を仕入れ、横浜で絵付けしたという。殖産興業の中で、ジャポニズム(日本趣味)に沸いていたヨーロッパへの輸出用に作られ、卵殻手といわれる、透き通るような生地が流行したという。

 原型は鋳込み成形で金彩の風俗画が描かれているが、村島さんの作品はろくろ手による白磁。成形道具のヘラから手作りし、繊細な縦線を彫り込んで再現した。「簡単にでくっと思っとったが、なかなか。こんちきしょう、少しでも近づこうと、すもうを取る気持ちで挑んだ」と振り返る。

 6個を作り、「絵付けをしたい人がいれば声をかけて」と言う。次なる課題にとして「ぜひ地元有田焼の明治の逸品を再現しては」とのお題も来ている。

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