この私が「人望」を考える

西日本新聞 オピニオン面

 私はいろんなことに自信のない人間だが、とりわけ「人望」に関してはからきし自信がない。むしろ「人望がない」ことに自信がある、と言えるほどである。

 その私が、このところ「人望」について、あれこれ考えている。きっかけは3月に行われたイチロー選手の引退記者会見である。

   ◇    ◇

 会見で「これからどうするのか」と問われたイチローさんは、こう答えた。

 「監督は絶対無理ですよ。これは絶対が付きますよ。人望がない。本当に。人望がないですよ。僕」

 記者から「そうでもないと思いますけど」と声が飛ぶと、さらに続けた。

 「いやあ、無理ですね。それぐらいの判断能力は備えているので」

 驚いた。まさかの人望全否定。イチローって人望ないの? 急に親近感が…。

 日米通算4367安打という卓越した実績。野球に取り組む真摯(しんし)な姿勢。その点において、後輩の野球人たちから多大な尊敬を集めていることは、イチローさんも否定しないだろう。

 一方で、しらじらしい謙遜などはしないキャラクターとお見受けする。本人が本当に「人望がない」と自己診断しているのだとすれば、その「人望」とはどういう種類のものなのか。

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 「監督就任」の文脈で出たことから察すれば、彼の言う「人望」とは「組織の中で部下の人心を掌握し、一つの方向に引っ張っていく能力」ではなかろうか。

 それには、部下と飲みに行って愚痴を聞き、慰め励ます中で一体感を醸成する、という少々ウエットな手法も必要となろう。仕事の実績や指導の確かさに加え、「面倒見の良さ」が日本型組織においては「人望」獲得につながる。

 根っからの職人気質に見えるイチローさんには、確かにその手の人間関係づくりは似合わない気がする。群れをつくるタイプでもなさそうだ。指導するにしても、もっとドライで合理的なスタイルだろう。自ら「人望がない」と言うのも、そうした冷静な自己分析があるからではないか。

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 さて、政界に目を転じれば、与野党ともに次のリーダー候補と目されながら、一皮むけずトップに立てない人材がいるものだ。ネックは「人望」。そうした政治家は議員同士の飲み会にあまり顔を出さない、という共通点がある。永田町では古典的な人脈維持の手法が今も有効なのである。

 しかし、そういう原則を無視してトップに立ったケースもあるから面白い。小泉純一郎元首相がそれだ。勢いのある言動で国民的人気を集めた一方、永田町ムラにおける「人望」とは無縁の人物だった。何しろ政治家と料亭に行くより、一人でオペラに行くのを好むキャラクターだったのだ。

 小泉氏が進めた政策には賛否あるだろうが、党を掌握して選挙で勝利を収める政権運営の手腕は抜群だった。「人望」なしでトップを務めた好例と言える。

 そう考えれば-私は「イチロー監督」を見てみたいのだ。「人望がない」と称するスタイルのまま、個性の強い人間たちの組織を運営し、成功に導けるのか。「無理」と言わず、ひとつやってみてほしい。私も含め全国推定数百万人(?)もの「人望のない中高年」がきっと応援するだろう。

 (特別論説委員)

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