【小児がん 母と娘の闘病日記】(14)母から 旅立った仲間、今も涙が

西日本新聞 医療面

入院中のSちゃん(左)と芙優 拡大

入院中のSちゃん(左)と芙優

 芙優(ふゆ)の退院後、私が空を見ると涙をこぼしてしまう理由がもう一つありました。今、小児がんが治る確率は70―80%といわれますが、いったい何人が再発し、病棟へと戻っていっただろう。実は、芙優と一緒に過ごした仲間もたくさん旅立っていきました。

 何度も同じ病室になった当時小学5年で骨肉腫のSちゃん。お母さんとは今も連絡を取り合う「病棟ママ友」です。Sちゃんは芙優より1カ月遅れて入院してきました。初日は一晩中、足の腫瘍から来る痛みと闘っていました。

 芙優と一緒に院内学級に通い、治療の時は励まし合いました。友だちと過ごすことが苦手だった芙優をいつも誘ってくれました。芙優とSちゃん、男の子の3人でベッドに転がって笑っていたのを見た時はなんだかうれしかったな。Sちゃんはシャイなので頑張る姿を人には見せなかった。でも私は知ってるよ、お母さんがいないとき、勉強を頑張っていたことを。

 手術で腫瘍を取り除いた後、長い抗がん剤治療をして芙優より少し遅れて退院。その後も2度の転移で入退院を繰り返していました。ある暑い夏の日、芙優と私はお母さんに病棟へ呼ばれました。Sちゃんは強い痛み止めのせいでぼんやりしていましたが、少しお話しできました。何度も何度も「ありがとう」と芙優に言ってくれました。「またね」と言って別れた翌日、高校1年で旅立ちました。

 お母さんとは趣味も同じなので時々会っています。逝って間もない頃「毎晩、Sちゃんの動画を見ながら泣いている」と聞きました。つらい日が1日でも無くなるならと遅くまで一緒に過ごしました。別れ際、結局2人で泣いてしまって。

 同じ病で一緒に闘病した子を持つ親同士の交流はとても大切なこと。その後の私の活動につながっていきました。

 (山本章子=がんの子どもを守る会九州北支部代表幹事)

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