30年前の記憶は茫洋(ぼうよう)としている

西日本新聞 社会面

 30年前の記憶は茫洋(ぼうよう)としている。夜陰、民衆の群れに装甲車が突入し、人々が逃げ惑うニュース映像を見たのは当夜だったか、いつだったか。当時、私は中国語専攻の大学1年。数日後、教室に先輩や中国人留学生らがやって来て沈痛な表情で演説し、カンパ箱が回ったのを覚えている。

 1989年6月4日、天安門事件。翌90年春、初めて中国を旅した。自身の喜びや興奮をよそに国中が色彩に乏しく、閉塞(へいそく)感に包まれていた印象がある。その後94年まで毎年、中国を訪れたが、国を覆う重苦しさが晴れたように感じたのは92年、事件で停滞した改革・開放路線の加速を最高指導者の故〓小平氏が宣言した「南巡講話」後だった。

 だがそれは錯覚だったかもしれない。その後、中国は日本をはるかに超えて膨張した。一方で国内の人権状況の重苦しさは窒息しそうなほど深刻に映る。「豊かになれば民主化する」。あの頃抱いていた期待がむなしい。 (江藤俊哉)

※〓は「登」に「おおざと」

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