普賢岳大火砕流から28年 追悼行事、遺族ら献花 長崎・島原市

西日本新聞 夕刊

 死者・行方不明者43人を出した1991年の長崎県雲仙・普賢岳の大火砕流から28年を迎え、現場となった同県島原市では3日朝から、犠牲者を悼む「いのりの日」の追悼行事が営まれた。参列者は犠牲者を慰霊し、噴火災害の記憶を語り継ぐ思いを新たにした。

 午前8時半、被災者が集団移転した仁田団地の公園にある追悼碑前に遺族、行政関係者、住民が次々に訪れ献花した。古川隆三郎市長は「平成は災害との闘いだった。今、山は落ち着いているが、令和でも被災の教訓を風化させず、後世に残していく」と誓った。

 市内の小中学校全14校では集会があり、被災体験の語り部が火砕流で知人や家を失った悲しみ、避難生活の苦労を語った。

 普賢岳の平成噴火は90年11月17日に始まり、96年6月3日の終息宣言まで約5年半続いた。91年の大火砕流では消防団員や報道関係者ら43人が犠牲になり、その後の大火砕流でも1人が死亡した。

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