災害の教訓を後世に 普賢岳大火砕流28年 島原市で追悼行事

西日本新聞 長崎・佐世保版

 雲仙・普賢岳の大火砕流から28年目となる「いのりの日」を迎えた島原市では3日、犠牲となった消防団員や警察官、タクシー運転手、火山研究者、報道関係者ら43人を追悼する行事が営まれた。

 12人を失った島原市消防団は、平成町の島原復興アリーナのそばにある消防殉職者慰霊碑前に献花台を設置。団員や遺族らが白菊や花束を手向けた。

 土石流の警戒中に犠牲となった大町安男さん=当時(37)=の三男で、消防士の大町真樹さん(31)は「当時は3歳で父の記憶はほとんどないが、娘が3歳になった今、『これから』という父の悔しい思いが分かる気がする」と語った。

 仁田町の仁田団地公園の雲仙普賢岳噴火災害犠牲者追悼之碑前では、市による市民献花が行われた。古川隆三郎市長は「平成は災害との闘いだった。山は落ち着いているが、令和でも被災の教訓を風化させず後世に残していく」と誓った。

 亡くなった消防団員が詰め所にしていた普賢岳の麓近くの北上木場農業研修所跡では、安中地区町内会連絡協議会が式典を開いた。大火砕流が発生した午後4時8分に合わせ、遺族代表が慰霊の鐘を13回打ち、参列者は黙とうした。

 消防分団長だった山下日出雄さん=当時(37)=の長男で、中学校教諭の譲治さん(41)は「災害から自分を守ることと、島原が災害が起きる地域であることを生徒に伝えていきたい」と話した。

 雲仙岳災害記念館では、ボランティアの語り部が普賢岳災害を記録した書籍類約300点を展示し、被災体験の風化防止を呼び掛けた。

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