天安門30年、北京厳戒 記者の広場入場拒否 犠牲者の墓〝見張り〟 

西日本新聞 総合面

 【北京・川原田健雄】中国政府が学生らの民主化運動を武力弾圧した1989年の天安門事件から4日で30年を迎えた。当局は惨劇の舞台となった天安門広場など北京市中心部で例年を上回る厳戒態勢を敷き、追悼や体制批判の動きを抑え込んだ。習近平指導部は多くの人命を奪った弾圧を正当化し、共産党一党独裁による統治を自賛した。

 「何の目的で来た? 取材か」。4日午後、観光客でごった返す天安門広場入り口の安全検査場。記者証を見た警察官がこちらに鋭い目を向けた。「記者は許可なしに中には入れない。知っているだろう」と立ち去るよう迫った。「入場できないのは今日だけか」と尋ねても「許可を取ってこい」と取り付く島もない。

 北京の大学でも緊張感が漂った。清華大は通常自由に出入りできるが、この日は正門前に多くの警備員が立ち、身分証を点検した。同大では3月、事件の再評価を求めた許章潤法学院教授が停職処分を受けた。

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 5月中旬、事件の犠牲者が眠る墓を探して北京市北西部の万安公共墓地を訪ねた。警備はまだ厳しくなく、敷地内を約1時間歩いてようやく墓を見つけた。

 政府系研究機関の技術者だった袁力さん=享年27。墓碑の遺影が穏やかにほほ笑む。30年前の6月3日夜、自宅で銃声を聞いた袁さんは自転車で市西部の木〓地へ行き、帰らぬ人となった。

 木〓地は最も多くの犠牲者が出たとされる場所。学生だけでなく、袁さんのようにデモ参加者を心配して駆けつけた市民や、学生に撤退を促した大学関係者も銃弾を浴びた。

 墓碑の下に碑文が刻み込まれていた。「慟哭(どうこく)する。息子は三十を前に突然、この世を去った。わが家の希望の星は突如墜落した。天はこのように不公平だ。志ある青年を連れ去り、古希の両親を残した」。両親の悲しみが文面ににじむ。

 墓碑を撮影していると突然、警備員に囲まれた。「何をしている。こっちに来い」。連れて行かれた事務所には公安当局者も現れ、4時間近く事情聴取を受けた。「無許可の写真撮影は違法だ」。画像は何枚も削除させられ、資料も全て没収された。

 4日早朝、墓地を再び訪ねた。周辺は公安当局者十数人であふれていた。

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 「中国の発展の成果は、当時の政府が取った行動が完全に正しかったことを証明している」。中国外務省の耿爽副報道局長は4日の会見で武力弾圧を正当化した。中国の交流サイトでは事件を連想させる言葉が検索できなくなった。NHK海外放送が事件を報じると、画面が真っ暗になった。

 政府の情報統制で事件を知らない若者が増え、民主化への“熱”は消え去ったように見える。だが、元学生リーダーで作家の江棋生さん(70)の見方は違う。

 「国民は表向きは政府に従うが、知識層の多くは政府を信じず、市民もそれを分かっている。海外への留学経験が多い若者は30年前より民主化への憧れが強い。ただ、それが揺るぎない組織力にはなっていない」

※〓は「木へん」に「犀」

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