トリック映画の始め 上別府 保慶

西日本新聞 オピニオン面

 名探偵ホームズを世に送り出した英国の作家、コナン・ドイルが、パリでタクシーに乗った時のこと。

 料金を払って降りようとすると、初対面の運転手が「ありがとう。ドイルさん」と言う。ドイルは「私の名がなぜ分かるのか」と尋ねた。

 すると運転手いわく。「新聞にあなたが南仏からパリに来たと出てました。あなたの顔つきは英国人で、髪を刈ったのは南仏の理髪店ですな」

 ホームズも顔負けの推理力に、ドイルが「ほほー」とうなると、運転手はこう付け加えた。「それに、かばんにお名前が書いてあります」

 一本取られたが、こうした機知では人後に落ちないのがドイルである。自らの空想科学小説「ロスト・ワールド」(失われた世界)が、米国で無声映画化されることになった時、ドイルはあるいたずらを思いついている。

 1922年、米国奇術師協会の集まりに招待されたドイルは、撮影途中だったフィルムの一部を借り出した。それは人形アニメの特撮部分で、後に「キング・コング」によって一世を風靡(ふうび)する特撮の祖ウィリス・オブライエンが、アマゾンの秘境に生き残る恐竜たちを描いた場面だ。

 6月2日夜のニューヨーク。ドイルは、いかにも本物の恐竜を撮ってきたというそぶりで上映した。いつもはトランク抜けなどの奇術で観客を手玉に取るプロたちも、本格的な特撮映像は見た体験がない。巨大な怪物が争う様子に、あっけにとられた。

 会場には、ニューヨーク・タイムズの記者もいた。これを記事にしない手はないが、フィルムを見せた男は犯罪トリックの大家である。軽々に「本物」とは書けない。「もし偽物なら、間違いなく大傑作」と慎重に付け加え、1面に載せた。

 ドイルもそこは推理小説の巨匠である。あのパリの運転手と同じく、最後に種明かしするマナーは忘れなかった。記事が出た翌日、ドイルの手紙が奇術師協会の会長へ届いた。ドイルは、フィルムの恐竜は作り物ですよ、と謝った上で「次はあなたがトランクから抜け出る奇術の秘密を話してください」と、ジョークで結んだのだった。

 以上は、80年代の米国の特撮誌「シネフェックス」を邦訳した第11巻「キング・コング ウィリス・オブライエン特集」(バンダイ刊)より。

 今、ハリウッド版ゴジラの新作が公開中。ゴジラを生んだ円谷英二特技監督も「キング・コング」のフィルムを愛蔵し、いつも取り出しては、1こまずつ見て参考にしていた。 (編集委員)

PR

PR

注目のテーマ