男社会 あらがい続け バリケードの内外、女性たちの思い ワタシペディア「私」辞典~全共闘ダイアリー (4)

西日本新聞 社会面

まきが並ぶ作業場で学生運動について語る合原真知子さん=5月25日午後、大分県日田市 拡大

まきが並ぶ作業場で学生運動について語る合原真知子さん=5月25日午後、大分県日田市

元九州大女子学生・合原真知子さん

 まだ初夏なのに気温は34度近い。山々に囲まれた大分県日田市の日田盆地。林業を営む合原真知子さん(71)が、作業場に並ぶ丸太を誇らしげに見詰める。「人の力の及ばない自然に、どう関わるか。山の仕事は面白いですよ」。男社会とされる職人の世界に飛び込んで約40年、すっかり林業に魅了された。自然を前にすれば、女も男も平等だ。

 かつての学生運動も男社会だった。理論的に指導するのは男性で、女性はそれを支える役割。九州大の学生だった合原さんはそんな風潮を敬遠し、セクト(党派)とは一線を引いた。「革命の実現」を唱える姿を「ばかげている」と感じ、運動そのものに興味が持てなかった。

 転機は1969年10月。学生がバリケードで封鎖する九大教養部に機動隊が突入した。火炎瓶を投げる学生に、機動隊は放水車や催涙ガスで応戦。突入から3時間後、封鎖は108日ぶりに解除された。

 「大学は学内の問題を解決するため、機動隊の出動を求めた。大学の自治、学問の自由って何だろう。バリケードの中にいた彼らも私も、思いや疑問は変わらない」。バリケード内では最後まで抵抗した16人が逮捕された。合原さんは逮捕者を支援する「救援対策部」に参加。九州各地にある彼らの実家を訪ね、どんな思いで行動したのかを家族に説明して回った。

市民運動を続ける「六本松ローザ」さん

 最後まで抵抗を続けたグループのメンバーは大半が男子学生だったが、当時の新聞が「六本松ローザ」と呼んだ女子学生も交じっていた。

 九大教養部がある地名と、ドイツの女性革命指導者ローザ・ルクセンブルクに引っ掛けた名付けだった。「そんなふうに呼ばれたことはありませんよ」。当時を振り返って、その女性がくすりと笑う。

 バリケード内では、他の男子学生に炊事を押し付けられた。抗議すると全員の当番制になったが、ショックだった。既成の秩序や考え方にあらがう同志でさえも、男に仕える「カノジョか飯炊き」の役回りを求めていた。民衆を率いた“ローザ”とは、かけ離れた立場だった。

 「結局、全共闘って元気な男の子の運動だったんですよね」

   ■   ■

 全国に広がった学生運動は、69年を境に下火となった。入れ替わるように70年代、ウーマンリブ(女性解放)運動が熱を帯びる。女性たちは固定化された性役割に反発し、「男女平等」の声を上げ始めた。

 半世紀を経た今春、東京大の入学式。〈大学に入る時点で隠れた性差別が始まっている。頑張っても公正に報われない社会が、あなたたちを待っています〉。多くの大学医学部で女子の合格率が低かったことを踏まえた上野千鶴子名誉教授の祝辞が、話題を集めた。

 ニュースに接し、合原さんは考えた。「上野さんが祝辞を述べたこと自体、一つの変化だと思う。ただ、社会には男性主体の環境や人間関係がまだまだ多い。変化の歩みは遅れている」。バリケードの内と外で抱えた複雑な思いは、2人の胸の中で今もくすぶる。

▽女性解放 うねり波及

 1960年代後半、米国で黒人解放やベトナム反戦運動が勢いを増したのを機に、女性の社会進出や意識変革を目指すウーマンリブ(女性解放)運動が起こる。うねりは米国から他の先進国に波及していった。

 日本では70年10月の国際反戦デーで、女性だけのデモが起きたのがリブ発祥とされる。デモでは「男が女に求めるのは母性か、性欲処理か」として、「便所からの解放」を訴えたビラがまかれ、その後のフェミニズム運動にも大きな影響を与えている。

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