社会の矛盾 見えぬ答え ワタシペディア「私」辞典~全共闘ダイアリー (6) 

西日本新聞 社会面

「SEALDs」創設メンバーの一人、林田光弘さん=5月13日、東京都内 拡大

「SEALDs」創設メンバーの一人、林田光弘さん=5月13日、東京都内

東洋大の構内に「授業反対!」の立て看板を掲げた船橋秀人さん=5月13日、東京都内

無関心層に問題を提起 元SEALsメンバー・林田光弘さん

 5月中旬、東京・渋谷のスクランブル交差点近くである若者と待ち合わせた。

 4年前の夏、首相官邸前でマイクを握り、安全保障関連法案へ反対の声を上げた学生団体「SEALDs(シールズ)」。シールズはツイッターやフェイスブックでデモへの参加を呼び掛け、軽やかなラップ調で法案廃止を訴えた。その姿に多くの若者が呼応し、反対デモは瞬く間に全国へと波及した。

 彼らは、かつて若者を駆り立てた全共闘運動をどう見ているのか。シールズ創設メンバーの一人、林田光弘さん(27)に会った。

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 林田さんは長崎市出身の被爆3世。明治学院大を卒業後、会社員となった傍ら「ヒバクシャ国際署名」のキャンペーンリーダーを務める。各地で講演活動を続けているだけあり、理路整然と考えを語ってくれた。

 シールズで意識していたのは、憲法12条が規定する「国民の不断の努力」だった。「民主主義は、当たり前にあるものではない。私たちが怒りを声に出し、行動することでより良い社会になっていく」

 半世紀前の全共闘運動でも、若いエネルギーが大きなうねりとなり、戦後の平和と民主主義の在り方を社会に問い掛けた。林田さんは「私たちの世代には、ヘルメットをかぶり、火炎瓶を投げるイメージがある。どんなに有意義な議論をしても、後に振り返れば内ゲバの印象が強い。単純にもったいないと思う」と話す。シールズでは、メディアを通じた無関心層への発信を念頭に、社会運動の見せ方にも気を配ったという。

大学に抗議 在り方問う 今春、東洋大卒業・船橋秀人さん

 今年1月、大学キャンパスにたった一人で抗議の立て看板(タテカン)を掲げた学生がいる。3月に東洋大を卒業した船橋秀人さん(24)。かつての学生運動を連想させる行動を「大学の在り方を問いたかった」と振り返る。

 矛先を向けたのは、経済財政担当相などを務めた同大教授、竹中平蔵氏の授業だった。船橋さんは「竹中氏は労働者派遣法の改正を推し進め、格差を広げた。今でも、弱者切り捨ての考えを学生に教え込もうとしている」と批判する。

 「授業反対!」のタテカンを校門前に設置し、ビラをまき始めると、10分もたたず大学職員7、8人がやって来て、タテカンは撤去された。船橋さんは別室で2時間半ほど事情聴取された。退学処分の可能性も示唆されたという。

 「大学生は本来、社会に出るまでのモラトリアム(猶予期間)を与えられ、自らの生き方や社会の在り方に考えを巡らせるべきだ。今は講義が実学に偏り、就職予備校になっている」。行動の念頭にあったのは全共闘世代の姿だった。

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 記者の私(39)は学生時代、講義やアルバイトに明け暮れ、就職氷河期に就活に励んだ。「大学とは何か」「学生という存在とは」。そんな問いを正面から考えたことはなかった。

 自己否定を重ね、大学を中退した男性。口を糊(のり)しながらも生涯を懸けて理想を追う活動家-。全共闘運動には若さゆえの未熟さもあったが、当事者は自分をごまかさずに生きていた。

 日米安保と基地、経済格差と貧困、ジェンダー…。かつての学生が問うた戦後社会の矛盾は、今もなお答えが出ず、くすぶっている。その延長線上に、私たちは生きている。

 先の見えづらい時代にどう生きるか悩んだとき、全共闘世代が記した「ダイアリー」をひもとき、立ち止まって考えてみたい。

=おわり

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