育徳館高の文芸部が解読 作家葉山嘉樹の未発表作「中学校事件」

西日本新聞 北九州版

 みやこ町出身のプロレタリア作家葉山嘉樹(1894~1945)が1929年に書いた未発表作「中学校事件」を、葉山の母校・旧制豊津中の流れをくむ育徳館高(みやこ町豊津)の文芸部部員が解読、3月発刊の同高文芸部誌「赤土」に発表した。2017年4月に復活した同部。研究者が行う作業に部員は取り組んだ。活字化は葉山らプロレタリア作家の研究家で知られる校長の思いに部員が応えた。 

◆かつての輝きを

 中学校事件は、葉山が旧制豊津中時代に体験した「同盟休校」(1911年)がテーマだ。古書店の案内で作品の存在を知った小正路淑泰(こしょうじとしやす)校長(57)が、同町歴史民俗博物館(同町豊津)に情報提供し、町が2012年5月に購入、同博物館が所蔵した。

 文芸部は、同高の前身、豊津高時代から活動していたとされ、芥川賞候補にもなった作家富島健夫氏(1931~98)を輩出するなど活動が活発な部だった。しかし、部員不足などから自然消滅した。

 17年4月に育徳館高に赴任した豊津高OBの小正路校長と、顧問の松本美子教諭が相談して同部を復活させた。文芸部が活動していたころを知る小正路校長は「かつての文芸部の輝きを取り戻してほしい」との思いから、松本教諭を通して、部員に活字化を託した。

 生徒は葉山のことを1年のときに学ぶ。国語総合の教科書に葉山の代表作「セメント樽の中の手紙」が載っているからだ。葉山は生徒にとって身近な存在だった。

◆粗筋が分からず

 部員11人は18年の夏休み、松本教諭の指示で作業にかかった。八つの章を2、3人ずつに分けて解読した。原稿には、多くの書き込みがあり、意味が分からない文脈も多い。さらに、一番苦労したのが、なじみがない旧字体や旧かな文字を新字体に直すことだった。部長の井上晶さん(18)=3年=は「電子辞書に原稿を見ながら書かれている字をまねて書き込み変換した」と語る。

 章ごとに分担したため、前後の粗筋が分からないことも作業を困難にした。榎陸さん(17)=2年=は「物語の展開が分からなかったので推測しながら読み解くしかなかった」と振り返る。部員が理解できない部分は、小正路校長と顧問の松本教諭が担当した。松本教諭も「自分が読みこなすのに大変だった」と話す。

◆復活後の大事業

 90年前に先輩が執筆した作品の活字化は、文芸部復活後の“大事業”となった。作品を所蔵する同博物館の木村達美学芸員は「難しい作業を丁寧にやり遂げた生徒たちには感心する」と評価する。

 3月に発刊の「赤土」には葉山の作品に加え、小正路校長らが作品に関する解説などを書いた特別寄稿も掲載された。井上部長ら3年生は夏で引退するが、「後輩は活字化で学んだことを今後の活動に生かしてほしい」とエールを送っている。

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