「二十歳の原点」の時代 小出 浩樹

西日本新聞 オピニオン面

 「二十歳の原点」(新潮文庫)は、1969年1月2日から始まる大学生の日記である。立命館大文学部に在籍した高野悦子さんの日常が、みずみずしくつづられている。

 〈今日は私の誕生日である。二十歳になった〉

 〈酒も煙草(たばこ)も公然とのむことができるし、悪いことをすれば新聞に「A子さん」とでなく「高野悦子二十歳」と書かれる。こんな幼稚なままで「大人」にさせてしまった社会をうらむなあ〉

 公開を前提としていない文章だけに、飾らぬ言葉がすっと胸に入る。

 近くの書店で久しぶりに手にした。文庫版は79年の発行以来、54刷を重ねている。真新しい本の帯には、時代を超えた20~60代の読者の声がある。「この本はタイムマシン。開けば青春時代の日々が戻ってくる」(60代男性)

 高野さんは部落問題研究会に一時所属するなど、社会問題に強い関心を寄せていた。

 日記には、全国で繰り広げられる学園闘争や立命全共闘(全学共闘会議)への共感と、自らの葛藤が多く記されている。

 〈バリケードになびく赤旗、怒るようなアジ、彼らは現実そのものに歴史がある。私は私の歴史をもっていない〉

 この本を思い出したのは、本紙に今週初めまで連載された「『私』事典 全共闘ダイアリー」を読んだからだ。実名で登場する「元職業革命家」にも驚いたが、「現役の活動家」にはやや仰天した。今も変わらぬ社会主義への憧憬(しょうけい)は、どこから来るのだろう。

 私は高野さんら全共闘世代より10年若い。漠然と彼らに憧れ、大学では政治学研究会というサークルに入った。

 学生運動はまだ、そこそこ盛んだった。日韓、狭山(事件)、三里塚(成田空港)-。語呂のよい三大闘争の集会にたまに顔を出した。

 新左翼セクト各派の学生間では、「真の社会主義国はソ連か中国か、北朝鮮か」などの論争が果てしなく続いた。公害や貧困を生む資本主義は打倒されるべきだ-。多くの学生はそう考えていた。もちろん高野さんと同様、悩まなかった者はいなかった。

 全共闘運動は、日記が始まって間もない69年1月半ば、東大安田講堂占拠事件で学生が敗北し、終息へと向かう。

 高野さんは半年後、鉄道自殺する。2日前に詩を残した。 〈旅に出よう テントとシュラフの入ったザックをしょい ポケットには一箱の煙草と笛を持ち 旅に出よう〉

 彼女らが旅先で見たものは何だったのだろう。50年という歳月に問うてみる。

 (論説委員)

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