不登校(2)別室登校 学校だけが全てじゃない

西日本新聞 くらし面

愛用するスケジュール帳には今も予定がびっしり書き込まれている 拡大

愛用するスケジュール帳には今も予定がびっしり書き込まれている

 2度の激震が引き金になった。2016年4月。熊本県に住む高校1年の未来さん(15)=仮名=は熊本地震以降、不登校になった。

地震引き金 夢砕かれ

 直前に入学した中高一貫校。新しい友人と好きな文学作品などで盛り上がりたいという夢は、初日から打ち砕かれた。女子同士の会話はアイドルや異性のことばかり。授業中もクラスは落ち着きがなかった。失望感ばかりを感じ「へとへとに疲れた」。

 同じ服装や行動、価値観を求める周囲に幼いころから違和感があった。小学校入学前、自ら選んで祖父母に買ってもらったランドセルは鮮やかな緑色。赤やピンクといった「無難な色」を勧める両親に返品されそうになったが押し切った。

 小学3年のころには、体育館のステージ脇に掲げられた「明るく・なかよく・たくましく」の校訓が気になった。頑張っても「暗くて、人見知りで、貧弱」な人はいる。一人一人の存在が否定されているように思えた。

 思ったことを口にするたびに教師から叱られた。誰しも叱られたくはない。5、6年生ではうまく立ち回ったけれど「行儀良さを装う授業参観」などに、内心ではうんざりしていた。中学に行けば変わる。それだけが希望だった。

 しかし中学に入って3日後には玄関で足がすくんだ。直後に襲った地震で学校は休校になった。「家に被害はなかったけど県内はひどい状態。罪悪感を抱きつつ、学校に行かなくてもいいんだと、どこかほっとした」。6月には学校が再開したが、もはや玄関まで足が進まなくなっていた。

価値観の強要にうんざり

 昼間もカーテンを閉め切り、暗くした部屋で、ひたすらベッドに横たわる。そのままヘッドホンで音楽を聴き「海底の泥にでもなった気分」で日々を過ごした。心配する両親や祖父母、担任教師の声掛けや訪問も「うっとうしいだけだった」。

 しばらくして、両親と担任が話し合い、学校にいる時間はわずかでいいので、まずは登校してみるという計画を聞かされた。自分でも、さすがにこのままではいけないと思い始めていたころだった。

 久しぶりに校門をくぐる。すると足が止まり、おなかが痛くなった。教室までは持ちそうになく、保健室に向かった。養護教諭は歓迎も干渉もしない。他に生徒がいない環境は居心地が良かった。持ってきた本を黙々と読むだけの保健室登校がこの日から始まった。

 以前からどこか他の子と違うと感じ悩んでいた未来さんは、不登校になる前、発達障害という診断を受けていた。結果には「納得した」と言う。集団生活が苦手で周りの空気が読めないのは個人の努力不足ではなく生まれつきのもの。そう思えば、発達障害とうまく付き合っていく方法を考えようと前向きになれた。

空き教室「快適だった」

 1年生の冬、未来さんは母親(48)の勧めで好きな本の感想や日常を記すブログを始めた。同世代の不登校生やお年寄り、教師からも反応があった。このころ、不登校やひきこもりを考える専門紙「不登校新聞」を知り、2年時には自らの連載も手掛けた。情報の交流を通じて「世界が格段に広がった」と話す。

 ただ、保健室登校の裏側を描いた記事が災いしたのか、間もなく空き教室に移された。隣室の授業の声もかすかに聞こえる部屋。学校としては、通常教室への復帰を目指す上で良い機会と考えていたのかもしれない。それでも担任による「安否確認」は1日1回。黒板も机も独り占めできる環境は「快適だった」と笑う。そしてここが、卒業までの居場所となった。

 未来さんの選択を受け入れた母親はスケジュール帳を買い与えた。「娘に時間割はない。目標を決めて自ら管理してほしかった」。朝8時半に学校に行き、1、2時間ほどいて、その後は自宅で机に向かう日々。学校からは通知表を受け取っても学業成績は記されていないから、英検や統計検定など外部の試験を積極的に受け、スケジュール帳には学習計画をびっしり書き込んだ。3年時には自宅学習で積み上げた英語力を生かし、英国留学も経験した。

 この春、校長室で行われた、たった1人の卒業式。当日朝、3年間を振り返り、号泣しながら答辞を書き上げ、午後の式では涙を見せずに読み上げた。

 〈同級生とは違う中学生生活でしたが、全く後悔はしていません。これからの日本の学校が、より多様性に富み、伸び伸びと学べる場所になればいいなと願っています〉

 4月から地元のスーパーでアルバイトをしながら、自由な校風の通信制高校に通っている。 

【別室登校】登校はするが、何らかの理由で在籍クラスの教室に入れない、または入りたくない児童生徒が教室の代わりに保健室などで過ごすこと。校長室や職員室、図書室などのケースもある。不登校対応の一つで、文部科学省によると、基本的に出席とする学校が多く、統計上は不登校には入らない。教育委員会が専任教員などを配置して学校内に設置、運営する適応指導教室(教育支援センター)に通う場合は別室登校とは呼ばない。

 

 

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