慰安婦問題 知るために 南野森氏

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南野森氏九州大教授

 ◆記録映画「主戦場」論考

 南京大虐殺や七三一部隊、沖縄戦の集団自決など、満州事変から太平洋戦争に至るわが国の戦史には、われわれが忘れてしまいたくなるような、不都合な真実がいくつもある。慰安婦もその一つである。

 記録映画「主戦場」(ミキ・デザキ監督)は、慰安婦を巡る論争の当事者たちへのインタビューを骨格にして作られた、なかなかの問題作である。

 1990年代以降、戦時に日本軍の関与のもとで慰安所に集められ兵士に性的な奉仕を強いられた女性たち、慰安婦の存在が広く知られるようになった。女性たちの国籍は韓国、中国、フィリピン、ミャンマー、オランダなど多岐にわたるが、特に激しい論争になっているのは、韓国人慰安婦についてであろう。

 彼女らは日本政府や軍により「強制連行」されたのか、「20万人」もいたのか、「性奴隷」だったのか。本作品はこうした点を巡り、極端な否定的主張を繰り返す右派論壇、「歴史修正主義」の人々にインタビューを行い、それに対する専門家らの反論を紹介するという構成になっている。

 慰安婦問題について、日本政府は実は宮沢喜一内閣以来、韓国に謝り続けているし、安倍晋三首相でさえもそうなのであるが、にもかかわらず、この問題はいまだに日韓関係に刺さったトゲであり続けている。その原因は、日本の外交広報戦略のまずさとともに、実はこのような歴史修正主義的な言説が折に触れ、右派論壇とその周辺から声高に叫ばれるということにもあるのではないだろうか。極端な否定的主張が繰り返され、その結果、まるで真相の一切が闇のなかにあり、誰も確かなことは言えないかのような誤った印象が広がっているように思われる。

 慰安婦問題などよく分からないしあまり首を突っ込まないほうがよさそうだ、などと感じている「普通」の人こそ本作を観(み)てほしい。歴史修正主義者の主張が歴史学者によりどう反論されるのか見どころである。

 ただし、本作が論争を必ずしも公平に扱っているわけでない点は指摘しておく必要があるかもしれない。

まず、登場する論者たちの知的レベルがあまりにも異なっている。慰安婦には強制性や性奴隷性があるとする側は歴史学者の吉見義明氏ら歴史、政治、法学などの専門家であるのに対し、慰安婦を「売春婦」と蔑(さげす)む側は外国人タレントや杉田水脈(みお)衆院議員など右派論壇の常連ではあるが、学問の専門家はほとんどいない。対等な論争構造にはなっていないのである。

 その結果、学問的に実りある論争とするためには本来なら言葉の定義を確定した上で、いかなる意味で強制があったのかなかったのか、いかなる意味で奴隷的であったと言えるのか言えないのかが検討されるべきなのに、残念ながら本作では両者の対立はすれ違ったまま終わる印象を与える。

 他方で、一部の右派論客たちの「国家は謝罪してはいけない」「フェミニストは不細工な人たち」「他人の書いた本は読まない」という醜悪な主張がはっきり撮られている点は、彼らが何者であるかを知るためにも有意義であろうし、南京大虐殺の評価を巡り彼らとたもとを分かったという女性の告白も興味深い。

 慰安婦問題を知らない若者が増えているが、何が問題かを知るためにも本作を観る意味はある。そして鑑賞後、村山富市内閣時代の償い事業「アジア女性基金」がネット上に遺(のこ)した丁寧な解説資料「デジタル記念館」を読めば、この問題について一通り適切な知見が得られるだろう。

 ◇「主戦場」は熊本市のDenkikanと、福岡市のKBCシネマで公開中。九州各地の他館でも順次、上映を予定。

   ◇   ◇

 南野 森(みなみの・しげる)九州大教授 京都市生まれ。東京大学法学部卒業、同大学院博士課程単位取得退学。2014年から九州大教授。専門は憲法。政治・社会問題全般で幅広く発言している。

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