聖火つないだ靴戻る 熱気再現へ復刻版 久留米・アサヒシューズ

西日本新聞 社会面

田口重之さんから贈られた靴を手にするアサヒシューズの古賀稔健さん 拡大

田口重之さんから贈られた靴を手にするアサヒシューズの古賀稔健さん

 1964年の東京五輪で聖火をつないだ約5千人のランナーが履いた靴は、あまり知られてはいないが福岡県久留米市の靴メーカー「アサヒシューズ」製だった。実際に使われた靴の所在は不明だったが、このほど、55年を経て久留米に戻ってきた。業界トップを誇った同社は倒産も経験。2020年の東京五輪を前に「あの頃の興奮を再現したい」と、復刻版の製造に取り組み始めた。

 タイヤ製造大手ブリヂストンの母体でもある同社は1923年に運動靴の製造を開始。30年代にはゴム履物業界トップとなった。

 聖火リレーは、ギリシャから東京まで、航空機移動を挟みながら十数カ国と国内の約2万6千キロを巡った。同社は国外走者800人以上、国内走者約4千人が履く全ての靴を提供した。商品企画部の古賀稔健さん(58)によると、靴は現物が残っていないどころか、社史にも詳しい記述がなく、社内でもほとんど知られていなかった。

 転機は今年2月。山形県で聖火ランナーを務めた田口重之さん(72)=同県米沢市=が保管しているとの情報が寄せられる。やりとりを重ねると、田口さんは「再び東京である五輪を前に、多くの人に見てもらえれば靴も喜ぶでしょう」と無償提供を快諾。古賀さんが4月に山形で受け取り、現在は社内に展示している。

 靴は白無地のシンプルなデザイン。ゴム底は当時としては珍しい2層構造で、田口さんは「ぴったりフィットして履きやすさはピカイチだった」と話す。

 田口さんがランナーを務めたのは高校3年生の時。やり投げの県高校記録保持者だったことで抜てきされた。当日は雨の中、県庁を出発し約1キロを走った。靴は大舞台以降、箱に入れて一度も履かずにしまっていたという。

 復刻版は来年4月発売に向けて開発中。社内に埋もれていた設計図を基に再現を試みているが、職人による手仕事の部分が多く、現在の技術でも完全な再現は難航している。古賀さんは「大事な靴を任された当時のわが社の誇りをぜひ形にしたい」と意気込んでいる。

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