64年最終走者の靴、寝台特急で東京へ 元アサヒシューズ社員永冨さん

西日本新聞 社会面

聖火リレーの最終走者の靴を届けた思い出を語る永冨公彦さん 拡大

聖火リレーの最終走者の靴を届けた思い出を語る永冨公彦さん

 「靴のサイズが合わない」。1964年東京五輪の聖火リレーで最終走者を務めた故坂井義則さん=広島県出身=から、アサヒシューズに一報があったのは開会式の2日前だった。福岡県久留米市の工場で急きょ新しい靴を製作。東京まで運ぶ大役を務めた永冨公彦さん(78)=同市御井町=は「届けた靴が大舞台で履かれた時の感動は今も忘れられません」と懐かしむ。

 当時、入社2年目の23歳。一報が入った10月8日は、東京転勤を控えた引っ越しの予定日だった。工場で通常の生産ラインとは別に、急ピッチで作った坂井さんの靴。「両手で持つと箱越しに熱が伝わるようだった」。靴と引っ越し荷物を入れたボストンバッグを抱え、午後5時発の寝台特急に飛び乗った。

 「大事な靴を忘れたり盗まれたりしては大変だと、緊張してほとんど眠れませんでした」。翌9日午前8時、東京駅に着き、近くの東京支社に靴を渡した。

 開会式当日、国立競技場で大観衆に見守られながらさっそうと聖火台へ向かう坂井さんの姿は、独身寮の茶の間にあるテレビで見た。「聖火リレーの大事な役割を果たし、自分も会社も五輪に参加したんだという気持ちで、とてもうれしかった」と目を細める。

 「来年はどんな感動が待っているのか。日々の励みにしています」

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