「稼げる島」へ20代 続々Uターン 唐津市・松島 製塩、養蜂、無農薬野菜…

西日本新聞 佐賀版

 玄界灘に浮かぶ松島(唐津市鎮西町)に若者が続々とUターンしている。島民55人のうち10人が20代で、全島民に占める比率(18・2%)は、唐津市全体より10ポイントも高い。基幹産業の漁業が先細りし、離島を取り巻く環境は厳しいが、島民たちは若い世代が定住できる「稼げる島」を目指して奮闘している。

 呼子港から定期船に乗って約15分。周囲3・6キロのひょうたん形の島影が近づいてきた。島は平地が少なく、傾斜地に民家が軒を連ねる。坂の途中にある区長の宗勇さん(57)宅を訪ねると、テラスで若者たちが焼き肉を囲んでいた。「月に1回はバーベキューをします。これを楽しみに頑張っています」。勇さんの息子、秀明さん(24)が笑顔を見せた。

 秀明さんは勇さんと親子で海士(あま)を営んでいる。父親の背中を見て育ち、子どもの頃から憧れていた。高校卒業後すぐ海士になりたかったが、勇さんから「ずっと島にいても世界が狭くなる。3年間は会社勤めを」と諭されて唐津市の鉄工所に就職。父との約束を果たして3年前、島に戻った。

 9~12月の禁漁期を除いて毎朝、約20メートル潜ってサザエやアワビを取る。息が続かず、潜る時間は1分強が限界。潜っては浮かぶ繰り返しだ。秀明さんは「厳しい仕事だが、好きなことをしているのでやりがいがある」と満足げに語った。

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 なぜ若者が島に戻ってくるのか。秀明さんは「みんな仲良く和気あいあいに暮らせる」と言う。昨年2月にUターンして海士になった宗涼介さん(23)は「島に若者が増えて楽しそうだと思った。働いたら働くだけ稼げて、自分が釣った魚や捕ったサザエを食べられるのが魅力」と話した。

 若者は海士のほか、イカ釣り漁船や瀬渡し船に乗ったり、隣の馬渡島の小中学校で用務員として働いたりしている。秀明さんの兄、勇人さん(29)のように、島で完全予約制のイタリア料理店を開いた人もいる。

 ただ、勇さんには心配もある。「特に漁師は収入が不安定。若い人が家庭を持った後も不自由なく暮らすためには、新たな産業をつくらないといけない」

 勇さんたち島民は、海の生物を研究している玄海地区生物教育研究所の飯田勇次所長(67)と協力し、「稼げる島」を模索している。取り組みの一つが、島の女性たちが10年ほど前から続けている海藻類の加工だ。アカモクやワカメ、ところてんなどを作り、島外のイベントで販売している。中心メンバーの宗ひとみさん(57)は「島に嫁いできた女性に働いてもらえれば生活の足しになる」と期待を込める。

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 全国的な漁業資源の枯渇は、秀明さんにも深刻な悩みだ。「昔のように海だけに頼っていても生きていけない。豊かな山の恵みも活用したい」。秀明さんは漁業の合間を利用し、野菜栽培や養蜂、塩作りを行っている。野菜は海藻を肥料に無農薬で栽培し、農薬の影響を受けない安全な蜂蜜を生産。塩は海底で湧くきれいな海水をくみ、まきで焼いて作る。蜂蜜は昨年、島外でも販売した。

 秀明さんは今、島の自然を体感しながら宿泊できるグランピング施設を整備しようと考えている。島で取れた農水産物を提供するほか、塩作りや海士体験もしてもらい、「島全体を味わってもらう」計画だ。

 「何もしなければ松島も他の島と同じように過疎化が進む。私たち若い人が頑張って元気な島にしていきたい」と秀明さん。小さな島の挑戦が本格化している。

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